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2012年12月23日

武器(先生シリーズ⑤)

武器




826 1/3 sage 2011/05/24(火) 21:28:51.79 ID:hmhcUm6a0
55だけど長文なのに読んでくれてありがとう。
今日は武器の話を一つ。

中3の途中から今までは受験勉強が忙しくて中断したが、
俺は小学生からその中3の間まで、先生から多くのことを学んだ。
オカルトに興味が無かった俺も、その間に先生が凄い量の知識を持っているのは分かってきた。
そして、多くの術的な道具も所持してるんじゃないか、と気になってきた。
陰陽師の話なんかではさ、悪い霊と戦う為の武器とか定番だよね。
あれだけ多くの知識量を蓄えているなら、武器の一つや二つも持っていて不思議じゃないよね。

それで俺は勉強の合間に、先生は何か凄い武器を持って無いの?と聞いてみた。
今思えば、子供にしても俺は、馬鹿な事を聞いたものだ。
先生は笑い、武器というと、どんな武器のことかな、と聞き返してきた。
悪い術者や霊と戦う為の武器、と俺は答えたと思う。
その時の先生は、何とも言えない表情をしてた。
そして暫らく考え込んだ後、有ることは有るよ、と教えてくれた。
けれども、それは絶対に見せられないし、どんな物かは教えられない、と。

そもそも呪術的な武器とは何かと聞かれた場合、普通の日本人はなんて答えるかな?
陰陽師の話を読んでいるならば、符なんて連想するんじゃないかな。
他には清めた水だったり、塩だったり。
しかし実際の武器は、そんな生易しいものじゃないよ、と言っていた。

以前、先生が台湾に行った時、道士が祭壇にある物を飾っていたのを見た。
それは何ですか、と先生が聞くと、これは我々道士の武器だと説明してくれた。
どのような形状かは、ここで書けない。
ただ、それは非常に強力で、使うと付近の霊を全て粉々にしてしまう、と。
だから使用する時、もし近くに式神を使役しているならば注意しなくてはならない。
敵味方など関係無く、辺りの霊を全て蹴散らしてしまうから。


827 2/3 sage 2011/05/24(火) 21:29:20.35 ID:hmhcUm6a0
また、とある国で造られている呪術の剣も非常に力が強い、と教えてくれた。
製法からして、非常に怖い。
最初に、その刃を造るための鉄を、墓場へ長い間、埋めておく段階から始まる。
墓場というのは陰の気が非常に強いからね。
原材料となる鉄に、その陰の気を長い間かけて染み込ませておくんだ。
しかも、その製作中に、その刀身に特殊な呪術を施して行く。
その国では、このような道具を作る術者が数多い。
そして、この剣は製作者の術者の力量が並でも強力になってしまう。
ましては高度な術者ならば、非常に強力な剣になるんだ、と。
神であっても低位ならば、恐れさせることも可能だ、とね。
更に、もし式神を使役している術者が所持する場合になると、
その式神をも恐れさせるため、お前達に剣を向けない、と最初に安心させる必要がある、と。

だから先生は言ったんだ。
術者はいざという時のために、強力な武器を持つ必要がある。
けれども同時に、武器を持つ行為自体が非常に危険であるのを自覚せねばならない、と。
例えば、そんな武器を所持して外出する場合、行き先に注意する必要がある。
特に心霊スポットなんかは行かない方が良いね、と。
そんな強力な武器を見せびらかして歩いたら、霊に喧嘩を売るような物だから。
その地に棲む霊達に対する挑発に他ならないんだと、先生は言っていた。
所持者本人にその気は無くても、と。
霊が霊を呼び、強大な力になって、自分に向かってくる場合だって有りうるから。

そして、絶対にしてはいけないのが、荒神を祭る場所への所持。
例を挙げると、日本なら平将門公を祭る場所へ持ち込んだら、大変な目に遭う、と。
その所持行為は、宣戦布告とみなされてもおかしくない。
しかも神様というのは、傍に多くの者達が控えているからね。
平将門公ならば、多くの兵の霊を引き従えているだろう。
しかも一人一人が、長い間に力を蓄えた一騎当千の強者だと。
術者が個人で使役する式神とは、比べ物にならない程の力を蓄えている、と。
そんな荒神に仕える多くの霊達が、無礼者に対して一斉に攻撃を仕掛けてくる。
そうなったら、どうにもならないね、と。


828 3/3 sage 2011/05/24(火) 21:29:51.83 ID:hmhcUm6a0
だから強力な武器というのは、同時に非常に危険なんだよ、と先生は教えてくれた。
時には所持しているだけが、とても怖いくらいにね、と。

しかし面白いのが、強い武器であれば強い武器であるほど、使う頻度は下がるという事実。
道士の方々も、前述した以上に強力な武器を、数多く所持している。
けれども、そんな武器を本気で使用する機会など、滅多に無いね。
一生使うことも無いまま、終わってしまうのが殆どじゃないだろうか。
日本の警察官と一緒だよ、と先生は説明した。
勤務中に備品の拳銃を発砲せず、定年退職する人達が殆どじゃないかな。
酔っ払いや喧嘩を止める場合に、警棒を使う程度じゃないかな、と。

そして先生は、もしかして何か呪術的な武器が欲しいの?と聞いてきた。
俺が、うん、欲しいと素直に答えると、先生は男の子らしいね、と笑った。
じゃあ、だからこそしっかり勉強しなくてはいけないよ、と。
武器を使うには、冥律という基礎をしっかり身に着けねばならない。
これは様々な術式と同じなんだ。
人間社会だって武器の扱いを取り締まる、銃刀法があるよね。
同じように、冥律を犯さないよう、武器の携帯に注意せねばならない、と。

しかしね、仮にそんなものを持ったとしても、あまり変わらないよ、と言った。
先生自身が若い頃、強い武器を初めて手に入れた時は、とても心躍ったそうだ。
これで自分も術者の仲間入りだ、とね。
たとえどんな敵が現れても、今の自分なら負けることは無い、とか。
しかし、しばらく所持して分かったんだが、使う機会なんて無いんだね。
先生自身、別に敵対する術者がいるわけでも無いし。
強力な敵に出会う機会があるわけでも無いし。
現に入手してから、今まで殆ど使ったこと無いんだよね、と。

だから強力な呪術武器になるほど、埃が溜まりやすくて掃除が面倒なんだ、と先生は笑っていた。





  


Posted by アマミちゃん(野崎りの)  at 19:07Comments(0)道教の先生シリーズ

2012年12月23日

呪術(先生シリーズ④)

呪術


721 1/4 sage 2011/05/23(月) 21:28:33.58 ID:asPA9V9i0
55を書いた者ですが、宜しければまた一つ。

先生の所で占いの勉強を始めてから、暫らくした頃だと思う。

占いの勉強と言っても、脱線して雑談することが多かった。
その話の流れで、俺は学校にムカつく奴がいる、みたいなことを口にした。
誰だって、学校や会社に腹の立つ奴はいるよね。
そんなことを愚痴ってたんだ。
それで俺は冗談半分で、先生は呪いの掛け方を知ってるの?と聞いた。
さてね、と先生が、はぐらかした覚えがある。

出会ってから、今年で7年目になる。
その間、今まで先生は人を呪うな、とは一言も戒めなかった。
その代わりに人を呪い殺したらどうなるか、例の冥律を絡めて教えてくれた。
人を呪わば穴二つ、の諺は決して偽りではない、と。
他者を呪って害した場合、どうなるか考えた上で決めなさい、とね。

じゃあ、俺はなぜ呪いが、呪術なんて物が存在するのか、その時に聞いたんだね。
人を不幸にし、自分も不幸にしてしまう呪術なんて、無い方が良いに決まってる。
けれども実際は、それを後世に伝えているじゃない、と。
すると、それは違うよ、と先生は言った。
例えば術式というのはね、陰陽五行説が深く関わってくる、と。
これらを勉強していると、自然に呪いの仕組みも分かってくるそうだ。
君だって、勉強してれば、いつかは分かってくる、と。
例えば呪術に精通している道士の方々も、望んでそれを勉強したわけじゃない。
道士だって全員が聖人君子じゃないし、中には使う人もいるけどね。
そして道士も含めて占術、風水、易学などを極めようとしてる人達は大勢いる。
そんな人達もまた、呪術の仕組みに当然気付いているだろう。
大抵の人は極めようとする道に専念して、呪術に縁が無い人生だけどね、と先生は笑った。


722 2/4 sage 2011/05/23(月) 21:29:06.13 ID:asPA9V9i0
なら、呪いを極めようとする人は居ないの?と俺は聞いた。
先生は難しい表情を浮かべたと思う。
そして、居ない事は無いね、と答えた。
但し、この道の学問は実践をして、始めて身につく。
占術は実際に人を見て鑑定し、風水も実際に地形を見て鑑定、といった感じにね。
そうやって、自分のスキルを高めて行くんだ。
だから、呪術もまた人を呪って始めて身につくんだよ、と。

しかし、呪術は冥律に叛くことに他ならない。
人を呪えば呪うほど、術者自身の寿命が削られていくと思って貰っていい。
何かの道を究めようとすれば、多くの時間が必要だ。
だから呪術の道は、他と違って極めるのが非常に困難だね、と。
そのような事情により、呪術を極めんとする人は短命だ。
普通の人は、決して手を出さない。

しかしだね、と先生は重たくなった口を開いてくれた。
若い頃、とある国で呪術を極めた者が2人いたという噂を耳にした。
そこはとても呪術が盛んな国でね。
貧しい人達が身を立てるため、呪術に走ってしまうんだ、と。
それこそ、大勢の術者が呪術に身を捧げ、志半ばで潰えていくのに。

そして先生は言った。
今まで自分は占術を極めた、いわゆる達人と呼ばれる方々とお会いしてきた。
そのような方々は、一種の悟りを開いており、普通の人間とは違って見えたね、と。
自分も先生のこと、普通の人間と思えないんだけどね。
じゃあ、呪術を極めた人は、どんな存在になると思う?と聞いてきた。
呪術に長けているというレベルではない。
呪術を極め、人間としての一線を越えてしまった者が2人いたんだ、と。


723 3/4 sage 2011/05/23(月) 21:29:27.59 ID:asPA9V9i0
これも日本では無い国で起こった本当の話。
その国の農村を訪れた先生は、ある老人から話を聞いた。
自分が子供の頃、同年代の子供達が血を吸われて死んでいる事件が起こった。
朝になって親が気付いたら、子供が干乾びて死んでいたという。
その翌日にも一人、また次の日にも、と事件は立て続けに起こった。
家族達は泣き叫ぶが、誰が犯人なのかなど全く見当もつかない。
すると年寄りの一人が、村の周りの山や森をくまなく探索するよう命じた。
これは呪術の一種であり、術者は近くの暗い場所に潜んでいる、と。
そして山狩りが始まり、程なくして洞窟に男が一人隠れているのが見つかった。
男は洞窟の中で奇妙な儀式をおこなっていたという。
子供を殺したのはこの男に違いない、と村人達から殴り殺された。

年寄りが言うには、この男は呪術を極める最終段階に入っていたと。
この呪術大成の為に49日間暗闇にて、毎晩子供の生き血を吸う呪術を続けなければならない。
しかし途中で見つかってしまい、結局は怒りを買った人々から復讐されて終わる。
では、この49日間の呪術を成し遂げたらどうなるか?
殆どの者達は失敗したが、最低でも2人は成功したと記録には残されているそうだ。
ここまで来た術者は、もう人間とは呼べない存在だね、と先生は教えてくれた。
何なのと聞く俺に対し、魔人だね、と答えてくれた。
魔人なんて言葉、冗談のように聞こえるが、先生は大真面目だった。
人間以上の力を持つと同時に、寿命が無くなってしまうんじゃないかな、と。
その身体は刃や銃弾を通さず、不死になってしまう、と。
信じられないけど、道教にはタオチャン??という失伝した術式がある。
その中国語、半分忘れてしまったけど、確か、そんな言葉だった。
その術式だと、身体を刃で切りつけられても無傷、軽症で済むと。
呪術を極めた魔人は、この系統の術式を完璧に習得しており、外的な攻撃を受け付けない、と。
この場合は、道教のそれを遥かに越える術式なんだろうね。
そして、いとも容易く人を呪い殺せる、と。
仮に、こんな魔人と敵対してしまったら、どうにもならない。
術式に長けた台湾の道士の方々でさえ難しいだろうね、と。


724 4/4 sage 2011/05/23(月) 21:29:53.89 ID:asPA9V9i0
そしてこの話の締めに、先生は僕に問いかけた。
なぜ、そこまでして、そんな人達は、呪術を極めようとするか分かるかい?と。
占術や呪術は、歴史上の人達を例に見ると、大きな挫折を経験して極める場合が多いんだ。
例えば日本には昔、有名な易学者がいてね、その人も投獄されたりしたんだよ。
だからこそ、悟りを開いたような易を立てることができたかもしれない、と。
何かしらに対する大きな絶望と挫折。
それを経験した人は、才能を越えて術式を極めてしまう場合がある、と。
だから、この呪術を極めて魔人となってしまった人も、
そうするだけの理由、つまりは、そんな人生を歩んできたのではないか、と。
人間を止めても巨大な力が欲しい、という過酷な人生だね。

また、国によっては、日本人では想像もつかない悲惨な生活があるから、と言った。
どれだけ懸命に働いても、勉強しても報われない生活。
その日に食べる物さえこと欠く貧困。
そこまで追い込まれた人達の選択肢は、本当に少ない。
悲惨な環境もまた、魔人を産み出す理由の一つだね。
呪術が発達する国というのは、その国情に問題があるんじゃないかな、と。

そして、自分は平凡な日本人で本当に良かった、と先生は言っていた






  


Posted by アマミちゃん(野崎りの)  at 19:06Comments(0)道教の先生シリーズ

2012年12月23日

冥律(先生シリーズ③)

冥律


543 本当にあった怖い名無し sage 2011/05/22(日) 03:33:15.65 ID:LnWvQx2Q0
55だけど、話を一つ書かせて頂く。
そういえば、どういう話の流れか忘れたが、勉強中に邪法の話題が出たことがある。
人間ってのはさ、とても恐ろしいものだよ、と。
自分の欲望や目的を果たすために、時にはとんでもないことをするからね、と。
前に自分は、先生から世界の一般常識を学んだと書いた。
それを冥界の法律として、これからは冥律と呼ぶよ。
この冥律に叛いた術式こそが邪法なんだね。

例えば、式神という術式の名を聞いた人は多いと思う。
陰陽師が使うので有名な術だね。
色々な呪術があるけどさ、日本ではとても知名度が高いね。
この術ってね、東南アジアでも、けっこうメジャーと言ってた。
国や風土によって、呼び方や形式は変わるけど、本質は同じ。
断っておくけどさ、式神というのは死者の霊を使役する術と考えて貰っていい。
式神を本当の神様と信じ込んでる人は、多いけどね、と。

式神を全て邪法と決め付ける人もいるけど、それは早計だと先生は言ってた。
冥律に従った式神など、むしろ喜ばしい場合だってあると。
けれども、自分の欲望を満たすため、あえて冥律を犯して式神を造り出す者もいる。
こういう連中は、本当に救い難い。
冥律を大きく犯した者がどうなるか、その末路を分かっててやるんだから。
例えばさ、童子の形をしている式神の伝承を、読んだ人は多いと思う。
日本の古い式神の話の中で、ときどき陰陽師が童子の式神を使役してるよね。
あれは元々、子供の霊だったんだ。
昔は今と違って、小さな子供が病気や飢えで死ぬなんて珍しく無かったから。
だから式神の元になる、葬式を出せない子供の霊の確保には困らなかったんだ。
しかも霊というのは、小さな子供ほど、その力が大きくなる。
子供というのは、生命力に溢れてるからね。それは霊になっても同じ。
けどさ、今のこのご時勢、子供が命を落とす事が少なくなった。
たとえ事故や何かで命を落としても、大抵の場合は手厚く葬られる。
式神という術式にとっては難しい時代になったけど、社会的にはとても喜ばしい事だね、と。


544 本当にあった怖い名無し sage 2011/05/22(日) 03:34:02.04 ID:LnWvQx2Q0
しかし、世の中には酷い術者達が存在する。
以前、先生は多くの国へ行き、様々な呪術に会ってきた。
それでとある国にて、高齢の名高い術者にお会いした。
そのお方は、今まで多くの子供達の霊を救ってきたと言っていた。
その国は貧しくてね、よく小さな子供がさらわれるんだ。
さらわれた子供達の中には、式神にするために殺される場合もあるらしい。
式神にするための子供の霊が足りないから、自前で調達するってわけなんだ。
他人の家の子供なら心は痛まないからね。

術式的に、時間と条件が揃って殺したら力の強い式神が産まれる、と先生は言ってた。
その為にさらってきた子供を、そんな風に殺してしまう、と。
そして殺された子供の霊は、強引に式神として縛り付けられてしまう。
死んでしまっても子供達は自由になれず、術者の言いなりになるしかない。
その力を利用されて、欲望を満たす手段として利用される、と。
だから、あの国に観光へ行く時は、子供を連れて行ってはいけない。
親元から離されて殺されるだけではなく、その霊はいつまでも救われないのだから、と。
しかし運良く助け出される式神の子供達もいる。
そんな子供の霊の多くを、その名高い術者が救ってきたんだね。
悪い人達に親元から離され殺された深い悲しみを、そのお方は癒してくれる、と。
そうして癒された子供達は、ようやくあの世へ行くことができる。


545 本当にあった怖い名無し sage 2011/05/22(日) 03:34:38.27 ID:LnWvQx2Q0
そして、こんな非道を繰り返す術者はどうなるか?
それは冥律を犯すことに他ならない、まさしく邪法であると先生は言ってた。
子供達の霊を多く救った名高い術者は、安らかな世界が待ち受けている。
つまり、長寿で居られるんだね、と。
子供達の命を欲望を満たす為に殺した術者には、恐ろしい結末が近づいてくる。
つまり、それだけ冥律を犯した者達は早死にする、と。
先生が言うには、50歳を迎えず死んでしまうそうだ。
それだけの術式を10年、20年と修行して折角身に着けたのに。
後先を考えず、刹那的な快楽を求めてしまうんだ、と。

話の最後、そんな冥律を犯した人達は死後どうなると思う?と先生は聞いてきた。
地獄行きじゃないの、と答えた当時の俺を先生は笑った。
そうだね、閻魔様に堂々と胸を張って会えるよう、正しく生きないとね、と。

終わりです。




  


Posted by アマミちゃん(野崎りの)  at 19:05Comments(0)道教の先生シリーズ

2012年12月23日

師事(先生シリーズ②)

師事


108 55 sage 2011/05/18(水) 21:24:29.65 ID:u1r0CsJ60
>>61-63 (要塞)
わざわざ、あんな長い文章を最後まで読んでくれてありがとう。
今の自分は地元を離れた大学に通っていてね、勉強は中断してる。
色々有って最近は会ってないけど、先生は今も元気だと思うよ。

先生が占いを教えはじめてからさ、何か変だな、と思う時があった。
当然、当時の俺は、占いを教えて貰うなんて初めてだったし。
けどさ、占術に関する有料セミナーとかって、けっこうネットなんかで見かけるよね?
おそらく、あんなセミナーでは絶対教えそうにないことを教えられたんだ。
占いを極めるには、占い以外にも精通しなくてはいけない事がある、とね。
先生は、その辺りの基礎も含めて、俺に教えてたんだ。

例えばさ、人殺しは、してはいけないことだよね。
じゃあ、どうして人殺しをしてはいけないのか、って聞かれたら何て答える?
法律で罰せられるからか、世間から冷たい目で見られるからか?
じゃ、誰にも知られず、証拠も残さなければ良いのか?
そうじゃない、と先生は言った。
人間社会のではない、この世界の法律がある、と。
正確には、この世もあの世も含めた、決まりや法則があるんだね。
その点から、殺人は許されない、非常に罪が重い行為なんだ。
人間社会のみの一般常識でなく、世界全体の一般常識っていうのかな。
この事をよく知らずに占いをしてたら、悪いことが降りかかってくるのに気付かない、と。

しかしさ、現実に日本だって、占いしてる人はたくさんいるよね。
テレビとかにも、たくさん出てくる人がいるし。
すると先生はさ、そんな人達でも知らないうちに、危険な目に遭ってると言った。
それで、ある一定レベル以上の占いだと、特に危険になると話してくれた。
例えば、紫微斗数という占いがあるんだね。
台湾ならともかく、日本でそこまでのレベルに達した人は、一人しか知らない、と。
これはさ、本当に数え切れない程の、場数を踏んだ人だけ到達できる境地だ、と。
そういう人達はさ、ある時、あぁ、命理とはこういう事なのか、と気付くんだ。
その領域に踏み込めた人達は、途端に多くの物が見えてくる。
けれども、それは同時に、非常に危ない事だと言ってた。


109 55 sage 2011/05/18(水) 21:24:56.47 ID:u1r0CsJ60
以前、先生は、とある人の命運を観に行ったことがあるんだ。
その帰り道、電車に乗ってると、向こうの車両から何かが迫ってくる。
それはさ、先生が鑑定した人に取り憑いていたモノだった。
結局、先生は追いつかれて憑かれてしまった。
それが何度か重なったせいか、先生はあまり顔色が良くなかったんだね。
それで、なぜ追いかけてきたか?
追いかけられないようにするには、どうするか?
その為の一般常識も含めて、俺に学ばせていたんだね。
とある決まりや法則から、追いかけられる理由が分かってくるから。
まぁ、先生の場合は、かなりレベルの高い人に限っての話。

しかし実際は、そこまでのレベルでなくても、ある程度の危険は伴ってくると。。
占いを実行すると、先生ほどじゃないけど、それなりに危険は生じてくる、とね。
だから先生は、占いを勉強して身に付けても、軽々しく使っちゃいけないと言った。

なら、なんで先生は使っちゃいけない占いを、俺にそこまで勉強させたのか?
先生はさ、占いに関しては、とてつもなく内容の濃い勉強を俺にさせた。
例えば紫微斗数の勉強内容も、その辺の日本のセミナー講師が裸足で逃げ出すくらい。
なんせさ、先生は俺に命盤を書かせない方法で学ばせていた。
頭の中だけで、100以上の星の配置をイメージするよう、命令していた。
しかも、その頭の中で星を飛ばせ、と。
流派によってはさ、輝度の低い星は無視するんだが、それでは精度が落ちると言ってた。
ガンプラはくれたけど、小学生に酷い要求をする先生だったよ。

まぁ、つまり、そこまで勉強させておいて実は使えないんじゃ、げんなりだね。
すると、先生は言ってた。
別に紫微斗数を勉強させるのが、目的じゃないって。
次に八字(ぱーつー)を勉強して貰うけど、それも本当の目的じゃない、と。
これらはみんな、次の段階の為の基礎勉強に過ぎない、と言ってた。
一つ上の段階へ進めば、内容はそれだけ高度になるからって。
今は基礎だけど、その辺の占いの先生以上にはなって貰いたいね、という酷い基礎勉強だった。


110 55 sage 2011/05/18(水) 21:26:14.33 ID:u1r0CsJ60
ただ、先生は妙なことを言ってた。
仮に紫微斗数と八字を習得したら第1段階終了
先生は、全部で5段階のカリキュラムが用意してあると言った。
けれども先生自身、4段階を終了して、最後の5段階目の入り口に立ったに過ぎないって。
うん、ようやく5段階へ続く、入り口を見つけたって話してくれた。
20年以上勉強していて、ようやく見つけることができたって。
先生は40になって、初めてそこへ到達した。
そう言って先生は謙遜してたけどさ、これはこれで考えると凄いよ。
先生は才能が有ったからこそ、40過ぎとはいえ、そこに到達できたと思うから。
実際、一生かけても先生のそのレベルまで到達できる人なんて、殆ど居ないと思うよ。
俺が見るに、日本では第1段階も突破できない人が、先生呼ばわりされてる場合もあるからね。

そういえば、その5段階のカリキュラムについて、面白いことも言ってた。
昔の中国に、とてつもない賢人がいたんだよ、と。
その賢人は、僅か10代で4段階まで完全習得したらしいんだ。
先生と同じレベルに、20歳前に到達してたなんて信じられなかったね。
その時代にも頭の良い人は一杯いたけど、その人物は群を抜いてたと思うよ。
けれど本当に、その賢人が凄いのは、それからだったんだ。
なぜなら、その賢人は30歳前に、その5段階目の学問を自分自身で作り上げたんだから。
つまり、先生が最後の目標と目指している段階の、占術の創始者なんだね。
正確にはさ、30歳前に召抱えられたせいで、それ以上進むのが難しかったらしい。
それまで、ひっそりと暮らして学問を続けていたけど、遂に見つかってしまったんだ。。
本人は、自分自身の占術を大成したかったんじゃないかな。
もし召抱えられなければ、更に凄い占術体系を完成させたと思うよ。
けど、猛烈に頭を下げられたんだろうね。
それだけの大賢人なら、何が何でも配下にしたいって気持ちは分かるけど。
あれから賢人と呼ばれる人物は、数多く歴史に登場したけど、
全ての人々は、あの大賢人の背中を追いかけてるに過ぎないって、先生は話してたね。

うん、ここまで読んでくれてありがとう。




  


Posted by アマミちゃん(野崎りの)  at 19:04Comments(0)道教の先生シリーズ

2012年12月23日

要塞(先生シリーズ①)

要塞


55 本当にあった怖い名無し sage 2011/05/18(水) 08:25:08.40 ID:u1r0CsJ60
以前、俺が先生と慕っていた人の宝部屋の話。

事の始まりは、今から7年前。
怖いってよりは不思議な話なんで、スレ違いかもしれない。
しかも無駄に長くなりそうなんで面倒な人はスルーしてね。

あの頃の俺は、怖い者知らずの小学生だった。
当時、住んでいた土地は山と田んぼが広がるのんびりした所だったよ。
誰も家に鍵をせずに外出するようなさ、そんな大らかな所ね。

けど俺の場合は飛び跳ねててさ、学校の先生によく注意されたし、
親にはよく叱られたのを覚えてるよ。
それで当時、俺は同級生2人とつるんで、色々と問題起こしてた。
万引きこそはしなかったものの、色々とイタズラしては怒られてたよ。

それで本題なんだけど、同じ町内に面白い噂のある家が有った。
その家には離れがあってさ、その離れの二階は倉庫になってるんだ。
そして、その二階にはプラモや玩具が、大量に積まれてるって。
当時はガンプラが流行っててさ、一番欲しい時期だったな。
けど買いに行くには、隣街のショッピングセンターまで行くしか無かった。
なんせ、何も無い田舎町だからね。
それで俺達3人、その離れの家へ忍び込んでみようって話になった。
今思い出すとさ、これって立派な犯罪、本当に当時は怖い物なしだな。

当日、俺達は近くにある空き地に自転車を止めて、目的の離れの家に向かった。
距離にして20メートルくらいかな。
さすがに、自転車をその家の前に停めたままは、マズいからね。
その家に近づいてみると、母屋にも離れにも人の気配は無かった。
それで離れの家の方、ドアが一つあったんで素早く開けて中に。
ドアを開けると、すぐ目の前が階段でさ、そのまま俺達3人、昇っていったんだ。


56 本当にあった怖い名無し sage 2011/05/18(水) 08:26:20.95 ID:u1r0CsJ60
登りきるとさ、目の前は宝の山!
当時、その2階は、まだ何も無い、建築途中の部屋だったんだ。
なんて言うのかな、後で聞いたら、20年前に1階だけ部屋を作ったんだけど、
2階はいつか作るってことで、長いこと放置されてた状態
下も壁も、木が剥き出しでさ、埃が溜まってた。
そんな中に、あるわ、あるわ、ガンプラの山!
正確には、ガンプラ以外のゾイドや玩具や古いプラモもたくさん有ったけど興味無いし。
それより、当時流行ってたガンプラを、3人で奪い合ったりしたよ。
つか、人様の物を奪い合うって、あの頃の俺達どうかしてたな。
結局さ、小学生の腕じゃ、そんなにたくさんの物を持てないし。
それでも一人3個くらい、大きな箱(MGクラス)を運び出して貰っていくことにしたんだ。
あんまりたくさん持っていったらマズイしな。
それで品定めしてるとさ、冷静になって思い出すんだが、その二階には他にも色々と有った。
うん、隅っこの方にさ、大きな、なんていうのかな?
本をしまっておく木の入れ物があったんだ。
しかしガンプラ目当ての俺達は、そんなものを軽く無視してた。
5分くらい品定めして、貰っていく物を3個決め、誰にも見つからず運び出したんだ。

だけどさ、さすがにそんな無茶苦茶なことをすれば、バレるわね。
さっきも言ったけど、ガンプラなんて買える店は無いし、
そんなデカい箱を何個も持ち帰ったら、親だって怪しいと思うに決まってる。
案の定、友達の一人の持ち帰ったガンプラが見つかって、追求された。
どう考えても、そんなにお小遣い持ってるわけもないしな。
それで厳しく追求されて、結局俺達3人がやったのがすぐバレた。
俺は親父に思い切り引っぱたかれたよ。

それで俺達3家族揃って、その家にお詫びに行くことになったんだ。
盗み出したガンプラと、菓子折りを持ってね。


57 本当にあった怖い名無し sage 2011/05/18(水) 08:27:00.73 ID:u1r0CsJ60
それで客間に通されると、40くらいの男の人がやってきた。
とても物静かな感じで、痩せ気味の人だった。
あまり血色のよくない人だったね。
つまり、あのプラモの山は、この人の持ち物だったんだな。
それで俺達3家族全員、その人に向かって頭を下げて謝罪した。
ガンプラと菓子折りを出して、納得いかないのなら親達は全額弁償すると言った。

けどその人はさ、子供のしたことだから構わないと言ってくれた。
勝手に持ち出したのは良くないけど、謝ってくれたのなら気にしないってね。
しかしさ、その代わりにといって、俺達に質問を始めたんだ。
聞いてきたのは生年月日だった。
そして、それだけでなく、どの時間帯に生まれたかまで詳しく聞くんだ。

するとその人はさ、自分の左手の人差し指から小指までの4本を揃えて、掌を見始めたんだ。
その掌の上で、親指を移動して、なんだけど意味通じるかな?
それで1分くらいかな、その人が掌を見終わった後、俺に声をかけてきたんだ。
ガンプラは返さなくていいから、俺だけ明日からここに通いなさいって。
明日から、夕飯を食べたらここに来て、勉強を教えると。
他の2人もガンプラを返さなくていい、今日はもう帰って良いと。

その時は理不尽だと思ったな。
ガンプラ返さなくて良いのは嬉しかったけど、なんで俺だけ?
その人、実は大学院卒でさ、親は学校の勉強を見てくれると期待してた。
俺は俺で、学校の勉強をさせられるのかとうんざりした。
けど、その人は学校の勉強じゃない、中国語を教えると言った。
なぜガンプラを盗んだ俺が、中国語を勉強することになるのか?
俺も親も全く理解できなかったね。
しかし、その人は、嫌なら無理強いはしないと言ってた。
別に勉強に来なくても、ガンプラは返さなくて良いともね。
まぁ、その場は一応OKの返事を出した。
退屈でつまらなかったなら、一回きりで行かなければ良いと思ってね。
親としてもガンプラ貰ったんだから、一度くらいお付き合いしろ、みたいにね。


58 本当にあった怖い名無し sage 2011/05/18(水) 08:28:02.39 ID:u1r0CsJ60
その次の日、その人の夕飯がすんで7時くらいから勉強が始まった。
中国語の勉強かー、なんて思ってたが、内容は全然違ってた。
その人は、まぁ、これからは先生と呼ぶけど、最初に先生は4×4マスを紙に描いた。

 □□□□
 □□□□
 □□□□
 □□□□

これは何?と俺が聞くと先生は宇宙だよ、と答えた。
左上の3×3の9マスの外周が8個
これは色々な物事の様子が8通りに分けられるとか、ね。
左から3番目の一番下のマスから、時計回りに12進むと右下の角のマスになるよね。
それは1年に12ヶ月あることを示している、と。
少し高度になると、星の飛ばし方とかね。
つまり、これは知ってる人なら知ってるけど、中国の占いの基礎なんだ。
当時の先生は、俺に占いを教えようとしてたんだ。

先生は若い頃、学生時代に色々な場所に行ってたらしかった。
主に占いの勉強の為に偉い先生に会ったり、本を買いに行ったりね。
それでお金を貯めて台湾に行って、達人に教えて貰ったりしてた。
今思えば、先生の占いの腕前は、とてつもなかった。
テレビに出演してるタレント占い師では、足元にも及ばなかったと思う。
命理、風水、家相、易学、全てに精通してた。
例えば家を見るだけで、どんな人達が住んでるか、
どんな生活をしているかまで、正確に見抜いていた。
それは台湾で色々な達人の方に手ほどきして貰ったからだと言ってた。
占いという点では、日本は台湾の足元に及ばないのが口癖だった。
しかし先生が得意なのは、占いだけじゃない気配もあったんだ。
なんていうかさ、占いは表の顔、みたいな感じでね。
台湾で学んできたのは、占いだけじゃ無かったような、俺の勘だけど。


59 本当にあった怖い名無し sage 2011/05/18(水) 08:28:53.42 ID:u1r0CsJ60
それで勉強も含めて、そんな先生の話も面白かったんで、通い続けた。
まぁ、時々、ガンプラをくれるからって下心もあったしね。

それである時、俺は先生に、あの部屋はお宝だらけだね、と言った。
そんなに凄いお宝を見つけたかい、と先生は聞き返した。
あれだけガンプラがあれば最高じゃん、と答えた。
そんな俺に先生は笑ってたんだけどさ、うん、確かにガンプラもお宝だね、と。
先生一人でお宝独り占め良いなぁ、と言うと、それは違うと言われた。
あそこにあるプラモや玩具は、自分の物じゃない、と。
じゃ、誰のかと聞くと、先生は笑って誤魔化してしまった。
普通の泥棒だったら怒るかもしれないけど、子供達だから許してくれた、と。

先生が許してくれたんでしょ、と聞くとそうじゃなかった。
そう言うと先生は、棚から2つの赤い木片を取り出した。
それはポエという物だと教えてくれた。
三日月を不恰好にしたような形の木、うん、下手な説明だな。
それを投げたら、子供達を許すって、結果が出たらしい。
当時の俺には、何のことかさっぱりだった。
多分、君達だから、この家の敷地内に入ってこれたんだ、と言った。
じゃあ、本当の泥棒が来たらどうなるか、と聞いたら、入れないだろう、と。
この家は見た目は普通だけど、実は要塞だからね、と笑っていた。
塀も無ければ鍵もかけない家なのに、と訳が分からなかった。
そんな生半可な対策じゃないよ、と先生は言った。
例えば、この家で最も守りが堅いのは、あの離れ2階と先生の部屋と言った。
特に、あの2階は厳重に守られている、と。
たとえ世界一の泥棒だろうと、あの2階だけは絶対に破られないと先生は言った。
小学生が簡単に入れる2階なのにね。


60 本当にあった怖い名無し sage 2011/05/18(水) 08:29:54.01 ID:u1r0CsJ60
すると先生は笑い、普通の泥棒が入れば、壁に囲まれると言った。
そして、泥棒はどれだけ壁を越えても越えても壁が続き、閉じ込められる、と。
俺には、何のことだか、さっぱり分からなかった。
確かに離れ2階は広かったけど、それでも普通の家と同じくらいの広さだ。
しかも壁に囲まれるような仕掛けは、どこにも無かった。
はぁ?と、首をかしげる俺に、先生は最初の勉強で教えたろう、と。
あの4×4マスの図が答えだと言った。
ますます訳の分からない俺に、先生は笑いながら言ったんだ。
勉強すれば、君にも分かる日が来るよ、と。

しかし、今思えば不思議な家だったね。
あの地区ってさ、時々、空き巣が発生するんだよ。
大抵の家は何らかの空き巣の被害に遭ったけど、先生の家だけは無かったんだ。
別にボロボロの家だからとか、お化け屋敷とか、じゃなく普通の家なのに。
それに、よく鳥が集まる家だったな。
あの一帯の集落、電線はそこかしこにあるのに、なぜか先生の家近くの電線に集まってる。
それで色んな鳥の巣なんかも、よく作られてた。

んー、長いだけで意味不明で面白くない話だったね。
しかもあんまり不思議じゃないし、当然怖くも無い。」
全部、ワープロで打ってから恥ずかしくなってきた、すまない。




  


Posted by アマミちゃん(野崎りの)  at 19:03Comments(0)道教の先生シリーズ

2012年12月23日

呪いの井戸(祟られ屋シリーズ⑰


呪いの井戸



1736 :呪いの井戸 ◆cmuuOjbHnQ:2012/11/16(金) 04:26:47 ID:Jx756Ba60
こっそりと投下させて頂きます。


イサムと出かけたロングツーリングの終盤の話だ。
 
俺たちは、関東の某県に住むマサさんの古い知人を訪ねていた。
ヤスさん……忍足 靖氏は、個人タクシーを生業としており、呪術や霊能の世界とは基本的に関わりを持たない人物だ。
年齢は70歳を過ぎているはずだが、その身から発散される『肉の圧力』は老人のものではない。
服を脱ぐと顔だけ老人で、首から下のパーツの全てが厚くて太い。
何かの冗談のような取合せだ。
70歳を過ぎた現在でもベンチプレスで100kg以上を挙げ、スクワットやデッドリフトはフルで150kg以上を扱うという妖怪ぶりだ。
並のタクシー強盗など返り討ちにされるだろう。
以前、マサさんは、夜間は都内の某大学に通いながら、ある霊能者の元で修行していたらしいのだが、その時、ヤスさん宅に下宿していたそうだ。
マサさんの説明では、ヤスさんはマサさんの『空手の先生』だという事だった。
マサさんの母校のすぐ近くには同系の流派の高名な先生の道場があるらしいのだが、マサさんはヤスさんの指導に拘った。
その気持ちは判らなくはない。
俺自身、70歳を過ぎたヤスさんとまともに渡り合って勝てる自信はないからだ。
俺とイサムはマサさんが使っていたという部屋をあてがわれた。
10畳ほどの室内には何百冊あるのか判らないが、大量の古い書籍が平積みされていた。
全てマサさんの物らしい。
マサさんが出て行くときに「全て『覚えた』から捨てて良い」と言ったらしいが、そのまま残しておいたそうだ。


1737 :呪いの井戸 ◆cmuuOjbHnQ:2012/11/16(金) 04:27:31 ID:Jx756Ba60
「マサの奴から、兄さんの『治療』のことは聞いている。
多分、明日の晩あたりに来ると思うから、その時に診てもらうと良いよ」
「……?……来るって、誰が?」
そう聞くと、ヤスさんは小指を立てながら言った。
「ああ、俺の『コレ』だよ」
「?」
 
翌日の夕方、居間でイサムとヤスさんの飼い猫を構いながらゴロゴロしていると、玄関の扉が開く音が聞こえ、女が一人入ってきた。
30代半ば位の女で、食材でも入っているのだろうか、大きな買い物袋を持っていた。
固まっている俺とイサムに向かって女は言った。
「あの人は?」
「……明けなので、まだ2階で寝ています」
そうイサムが答えると、女は袋を台所に置いて2階に上がっていった。
「先輩、今の人、何なんでしょうね?」
「さあ……。ヤスさんの娘さん……かな?」
「……ですよね~。服装はちょっとアレだけど……でも、ヤスさんの娘さんにしては、綺麗な人でしたね」
そうは言ったものの、スキンヘッドの千葉真一といった風貌のヤスさんと女は似ても似つかない感じで、血縁関係は無さそうだった。


1738 :呪いの井戸 ◆cmuuOjbHnQ:2012/11/16(金) 04:28:41 ID:Jx756Ba60
10分ほどすると、ヤスさんと女が2階から降りてきた。
俺はヤスさんに「その女性(ひと)は?」と尋ねた。
女が答えた。
「ワタシは、陳 千恵(チェン チェンフィ)と言います」
「え……っと、チェンフィさんは、ヤスさんとどういった関係で?」
チェンフィは少し照れた様子で言った。
「ん~、ヤスさんのカノジョ……かなw」
俺とイサムは顔を見合わせた。
お互いに言いたいことは判っていた。
『嘘だろ!』
まあ、熟女ブームとやらで、老女に欲情する若い男もいるのだ。
逆のパターンもあっても良いのだろう。
だが改めて思った。
男女関係ってディープだ……。
意外なことに、チェンフィは治療家としてはかなりの人物らしい。
後に木島氏を訪ねた折に聞いたところでは、俺のような有象無象が彼女の治療を受けることは殆ど不可能なことのようだ。
治療家としての彼女もだが、彼女の祖父がかなりの人物らしい。
小顔に不釣合いな大きな眼鏡。
しま○ら辺で売っていそうなジャージ姿に便所下駄?を引っ掛け、買い物袋をぶら下げた小柄な女が、そんな人物だとはとても信じられなかったが……。


1739 :呪いの井戸 ◆cmuuOjbHnQ:2012/11/16(金) 04:29:27 ID:Jx756Ba60
俺はチェンフィから『移入の法』を含めた数種類の治療を受けた。
今でも定期的にヤスさんの元を訪れ、チェンフィの診察を受けなければならないが、彼女の治療により、俺は長年苦しんできた諸々の症状から解放されたのだ。
逗留中、俺はヤスさんとマサさんの関係を尋ねた。
軽い気持ちで尋ねたのだが、俺とイサムはヤスさんの口から意外な話を聞くことになった。
ヤスさんは、マサさんの『井戸』を作った関係者だったのだ。
 
詳しい事情は判らないが、ヤスさんは郷里から東京に『逃げて来た』ということだ。
簡易宿泊所をねぐらに日雇い仕事で食つないでいたヤスさんは、恋人も友人もなく、孤独を紛らわすために休日は上野の公園で時間を潰していたそうだ。
そんなヤスさんは、一人の男と出会った。
隻腕で足を引き摺って歩く当時50代くらいのその男は、台湾人の傷痍軍人だった。
戦いに傷付いた身体を通行人に晒して小銭を得ていたその男と顔見知りになったヤスさんは、やがて男の分の握り飯を持って公園を訪れるようになった。
台湾に妻子がいるという彼が、なぜ日本に留まり続けているのかは判らなかった。
それを尋ねる気も無かった。
ヤスさんも郷里を捨てた理由は話せないのだ。
尋ねられたところで、結局は嘘を吐かなければならない。
ならば、お互いに聞かない方が良い。
そう思っていたそうだ。


1740 :呪いの井戸 ◆cmuuOjbHnQ:2012/11/16(金) 04:29:57 ID:Jx756Ba60
あるとき、ヤスさんは現場での作業中、足に酷い怪我をしたそうだ。
歩くだけでも相当痛んだらしいが、日雇い仕事でその日暮らしだったヤスさんは仕事を休むわけにはいかない。
無理を重ねた結果、さらに腰まで痛めて動けなくなってしまったそうだ。
仕事に出れなくなって2週間ほどで蓄えも底を尽き、ねぐらの簡易宿泊所を追い出されホームレスになった。
だが、上野の公園近辺で野宿をしていたヤスさんに救いの主が現れた。
例の台湾人の傷痍軍人、陳さんだった。
陳さんは、ヤスさんを自分のねぐらへと連れて行き、ヤスさんに飯を食わせ、治療を施した。
まだ若く、しっかりと休養を取れたおかげでもあったのだろうが、ヤスさんは身動きが全く取れないような激痛から1週間ほどで回復し、元の体に戻ることができた。
ヤスさんが転がり込んだ陳さんのねぐらは、とある工務店の社員寮だった。
隻腕で歩行にも障害のある陳さんが建築作業や土木作業に従事できるとはとても思えない。
だが、陳さんは『先生』と呼ばれ、丁重に扱われていたそうだ。
ヤスさんは、そのまま日払いの人夫としてその工務店に雇われ、寮に住み込みながら働き始めた。
この工務店で職長をしていた喜屋武という沖縄出身の男がヤスさんに空手を仕込んだらしい。
だが、喜屋武を始め古株の職人や社員たちは、ヤスさんやその他の日払い契約の寮住まいの連中とは仕事上必要な最低限以上の関係を持とうとはしなかった。
ヤスさんは『感じの悪い連中だ』と思いながらも、黙々と日々の仕事をこなし続けた。


1741 :呪いの井戸 ◆cmuuOjbHnQ:2012/11/16(金) 04:30:59 ID:Jx756Ba60
ある時、喜屋武と社員の男が、ヤスさんの後から入ってきた男たちを3人ほど連れて、夜の街に繰り出していった。
男達によると、いい店で高い酒を飲ませてもらった上に、女まで抱かせてもらったということだった。
その話を聞いて「なんであいつらばっかり!」と連れて行ってもらえなかった他の2人が不満を漏らした。
ヤスさんは『どうでもいい』と、特に不満を漏らすこともなく、我関せずの態度をとっていた。
そんなヤスさんに古株の職人の一人が話しかけてきた。
「まあ、腐るなよ。あいつらは『あれ』だからな……」
「あれ?」
「ん、まあ、そのうち判るさ……」
次の週、ヤスさん達はある病院の建築現場に派遣された。
その現場は、労災事故が続き、工事が何度も中断して工期が大きく遅れていたそうだ。
そして、ヤスさん達が現場に入って3日目に大きな事故が起こった。
クレーンで揚重中に玉掛けのロープが外れて資材が落下。
3名の死者が出たのだ。
死んだのは喜屋武が飲みに連れ出した例の3人組だった。
だが、その事故を境に頻発した労災事故はピタリと止み、工程が順調に進むようになったそうだ。


1742 :呪いの井戸 ◆cmuuOjbHnQ:2012/11/16(金) 04:31:58 ID:Jx756Ba60
その後も喜屋武や他の社員が寮の人夫を飲みに連れ出し、その人夫が事故死すると言った出来事が何度も続いた。
勘の働く奴もいるようで、飲みに連れて行かれたあと寮から逃げ出した者もいたらしい。
ヤスさんも何度か喜屋武たちに飲みに連れ出されたが、ヤスさん自身は特に怪我をすることもなく無事に過ごし、いつの間にか日雇い寮で一番の古株になっていた。
そんなヤスさんが、ある日社長に呼び出された。
日雇いではなく正社員にならないかと言うことだった。
ヤスさんが申し出を受けて社員になると、それまでの態度が嘘のように職人やほかの社員たちはヤスさんに親しく接するようになった。
陳さんの勧めでヤスさんが喜屋武から空手を習い始めたのも、正社員になってからだ。
そして、以前『腐るな』とヤスさん話しかけてきた男がこう言ったそうだ。
「日雇いの連中とは出来るだけ関わるな。情が移ると良くないからな。
……お前も、もう、何となく判っているんだろ?」
社員となって初めて、ヤスさんは、喜屋武を始めとした古株の職人や社員の多くがヤスさんと同じような寮住まいの日雇い人夫あがりの『生き残り』であることを知った。
やがて、ヤスさんは『この現場は危ないな』とか、『この現場は何人持っていかれるな』という事が直感で判るようになって行った。
そして、陳さんと喜屋武と飲みに行った折に聞かされたそうだ。
「『ウチ』は普通の工務店じゃないんだ……」
曰く付きの土地での工事で、その土地に捧げる『生贄』や『人柱』となる人間を集めて派遣することが、ヤスさん達の工務店の『裏の本業』だった。
陳さんは土地に生贄を捧げる『儀式』を執り行うと共に、『護り』のない人間……家族や友人、先祖やその他諸々との『縁』の無い人間を見つけ出して集める役目を負っていたのだ。
ヤスさんや喜屋武、ほかの社員たちは『護り』が無いにも拘わらず生き残った、異常にしぶとく生命力の強い『個体』ということらしい。
そして、その中でもヤスさんと喜屋武は、殊、生存ということに関しては一種の『異能者』と呼べるだろう。
何故ならば、あのマサさんの井戸に関わって生き残ったのだから。


1743 :呪いの井戸 ◆cmuuOjbHnQ:2012/11/16(金) 04:32:54 ID:Jx756Ba60
マサさんの父親が韓国から持ち込んだ『呪いの井戸』の起源は明らかではないそうだ。
『家伝』によれば、百済滅亡の折に朝鮮半島に残留した貴族が、彼の一族を虐殺し、国を滅ぼした唐と新羅を呪うために作らせたもの……と、されている。
この井戸は、半島本土からマサさんの先祖が住んでいた済州島に移設された。
三別抄の乱の折、耽羅に落ち延びた三別抄に同行した呪術師によって持ち込まれた……らしい。
『元』を呪うために井戸を持ち込んだ呪術師は、三別抄の乱鎮圧後、耽羅総管府により捕らえられ処刑された。
だが、『井戸』とそれに関わる呪法は、済州島三姓神話の『神人』の直系子孫を自認し、神話になぞらえて代々日本の呪術師の集団と縁戚関係を結び続けてきたマサさんの一族に託された。
どうやら、この『井戸の呪法』を作り上げ、伝えてきた呪術師一族も日本と深い関係があり、代々マサさんの一族とも接触があったようだ。
マサさんによれば、その『効果』は兎も角、井戸の呪法の縁起自体は恐らくハッタリを含んだこじつけだろうという事だった。
だが、マサさんの祖母と母親が日本人なのは確かだということだ。


1744 :呪いの井戸 ◆cmuuOjbHnQ:2012/11/16(金) 04:33:41 ID:Jx756Ba60
マサさんの父親が『井戸』を日本に持ち込む切っ掛けとなったのは、8万人にも及ぶ住民虐殺事件である『済州島4・3事件』だったらしい。
マサさんの父親は、同じ韓国人でありながら、同胞である済州島民の虐殺と島の焦土化を命じた大統領の呪殺を試みたが失敗した。
以前にも少し触れたかと思うが『天運の上昇期』にある人物の呪殺は非常に困難なのだ。
彼の大統領は狂人であったが、同時に巨大な『精神的質量』あるいは『恨』の持ち主だった。
やがて彼は、韓国を追われハワイに亡命した。
そして、真偽は不明だが、そこで『呪詛』を仕掛けた。
建国の父であり『王』たるべき自分を4・19学生革命で追い落とした韓国の民衆と、彼の積年の『恨』の対象である日本に対する呪詛だ。
実際に『呪詛』が仕掛けられたのか、その呪詛が功を奏したのかについては、俺に判断することはできない。
だが、『呪詛』が本当ならば、韓国民の意識ないし精神の『流れ』が、異様な程に強烈な『反日』へと流れ、固定化される切っ掛けのひとつには成り得たと思う。
一個人の強烈な精神が民衆を煽動し、破滅まで突き進んだ例は他にもあるからだ。
朝鮮人がその精神の深奥に抱き続けた日本への漠然とした『恨』は、今や巨大なうねりとなって民族全体の『呪詛』に育っている。


1745 :呪いの井戸 ◆cmuuOjbHnQ:2012/11/16(金) 04:36:27 ID:Jx756Ba60
人を呪わば穴二つの言葉通り、呪詛は必ず仕掛けた者に返る。
仕掛けた相手を『護る』力と共に。
朝鮮民族、特に韓国民が日本や日本人に向けた呪詛は、やがて彼ら自身に強烈な『呪詛返し』となって返る。
強大な日本の『護りの呪力』と共に。
強大な日本の呪力は、呪詛返しとして一旦発動すれば、もはや誰にも止められず、朝鮮民族を滅ぼすだろう。
日本人の精神の深奥に蓄積し続けた『呪詛返し』の内圧もまた、彼らの向けた『呪詛』に呼応して上昇を続けているのだ。
朝鮮民族に呪詛返しとして返る呪詛のエネルギーは朝鮮人自身のものでなければならない。
日本国内に危険な『呪いの井戸』と『井戸の呪法』を持ち込むことが許され、マサさん親子が『井戸の呪法』にこだわった理由だ。
日本に移ったマサさんは、朝鮮人と朝鮮人に関わる呪詛やその他諸々の『悪しきモノ』をその身に受け、『井戸』に送り込み続けた。
 
ヤスさん達は、とある土地に送り込まれた。
この土地は、木島氏たちが所属する呪術団体が管理する地脈の空白地帯『ゼロ・スポット』の一つだった。
工事は、韓国から来た呪術師と台湾人呪術師……マサさんの父親と隻腕の傷痍軍人・陳さんの手による儀式と並行して行われた。
工事現場には一人の少年がいた。
韓国人呪術師の息子だ。
まだ、日本語に難のあった暗い目をしたこの少年に、ヤスさんと喜屋武は、彼の気が紛れれば良いと思って彼らの空手を仕込んだ。
既に心得のあった少年は、ヤスさん達の教えを驚くべき速さで吸収していった。
この少年がマサさんだった。


1746 :呪いの井戸 ◆cmuuOjbHnQ:2012/11/16(金) 04:37:19 ID:Jx756Ba60
やがて、工事は完成した。
だが、ヤスさんの周りで次々と怪死事件が起こった。
『呪いの井戸』建設関わった工務店の社員、……皆、曰く付きの危険な現場に『人柱』として送り込まれても尚、生き残ってきたしぶとい連中だったが……
陳氏と喜屋武氏、そしてヤスさんの3人を除く、社長をはじめとした社員24名が井戸の完成後3年間で死に絶えたそうだ。
陳氏は、井戸の工事の完了後、故国の台湾へと帰っていった。
会社が潰れてしばらくの間、喜屋武氏は知人の沖縄料理店を手伝っていたらしいが、やがて同郷の人間に誘われて南米へと移住した。
何処にも行く当てのないヤスさんは、タクシー会社に就職し、定年後、個人タクシーを始めた。
陳氏とは、彼の帰国後も連絡を取り続け、ヤスさんを頼って孫娘のチェンフィが来日。
独り者のヤスさんの身の回りの世話をしているうちに現在のような関係になったそうだ。

俺は、ヤスさん、そして儀式を行った呪術師の孫であるチェンフィに井戸について他に知っていることはないか訊ねた。
『井戸の地』で俺やイサム自身が見聞きしたことを全て話した上で……。
ヤスさんによると、井戸を掘り終わったあと、井戸に『黒い石』で蓋をするまでは、『井戸』や井戸のある土地に打たれていた鉄杭はまだ無かったそうだ。
チェンフィによれば、井戸を『黒い石』で塞ぎ、鉄杭を打ったのは、恐らく、チェンフィの祖父だろうということだった。
どうやら、台湾にも『悪いモノ』を『井戸』に封じ込める呪術があるようだ。
マサさんの父親がどんな儀式を行っていたのかはわからないが、彼が毎晩儀式をしている間は、一般人でも判る程に『空気』が重くなり、あの地にいた者はみな一様に激しい頭痛と耳鳴りに襲われたそうだ。
そして、チェンフィの説明によると『地光』と言うらしいのだが、井戸の周りの木々の葉や、岩が赤く薄ぼんやりと発光していたらしい。
俺には、確認したわけではないが確信があった。
恐らく、マサさんの父親は『三角陣』を用いた儀式を行っていたのだろう。
韓国、恐らく済州島にあった『井戸』から、三角陣を用いてオイラー線に乗せて日本に新たに作った『井戸』に井戸の中身を送り込んだのではないだろうか?


1747 :呪いの井戸 ◆cmuuOjbHnQ:2012/11/16(金) 04:38:13 ID:Jx756Ba60
ヤスさんによると、井戸に『黒い石』で蓋がされる前に、ヤスさん達は井戸の中に『何か』を入れた。
鉄枠で補強された各辺20cm位の立方体の頑丈そうな木の箱だったそうだ。
中身は何か判らないが、20kg位の鉄か何かの塊が入っていたようだ。
現場に派遣されていた社員たちは、マサさんの父親に木箱を井戸まで運ぶように指示された。
だが、誰も木箱を持ち上げることができない。
何とか持ち上げることが出来たのはヤスさんと喜屋武氏だけだったらしい。
ヤスさんと喜屋武氏は井戸まで箱を運び、二人で箱を井戸の底まで下ろしたそうだ。
箱を持ち上げることのできたヤスさんと喜屋武氏の身に特に変わった事はなかったらしいが、工事と儀式の完了・撤収後、その『箱』に触れた者たちが次々と命を落としていった。
そして、謎の死は現場に派遣されなかったほかの社員たちにも広がり、結局、工務店の社員は社長を含め、ヤスさんと喜屋武、そして儀式の終了後、すぐに台湾に帰国した陳さんを除いた全員が相次いで命を落としていった。


1748 :呪いの井戸 ◆cmuuOjbHnQ:2012/11/16(金) 04:38:59 ID:Jx756Ba60
ヤスさん宅に俺とイサムは3週間ほど逗留し、俺はチェンフィの治療を受けた。
「半年に1回は診察させてもらわなければならないけれど、肉体的な問題はもう大丈夫。
精神的な問題はあなた次第だけれども、肉体的不調からくるものは徐々に消えるでしょう」
ヤスさん宅を出た後、俺とイサムは地元に戻った。
シンさんやキムさん、空手道場の師範などに挨拶して回った。
イサムとマサさんの許を訪れ、イサムの姉に旅立ちの前に渡された石のお守りを返して、俺はイサムと別れた。
挨拶回りが終わり2・3日休んでいると、木島氏から連絡が入った。
俺は以前交した約束に従って、木島氏の許に向かった。


おわり



  


Posted by アマミちゃん(野崎りの)  at 19:01Comments(0)祟られ屋マサさんシリーズ(怖い話)

2012年12月23日

黒猫(祟られ屋シリーズ⑯)

黒猫


1661 :黒猫 ◆cmuuOjbHnQ:2012/08/23(木) 11:23:54 ID:GbxTGrZM0
お久しぶりです。  


俺の住んでいたアパートは、築50年ほどの古い建物で、1階は元店舗、2階は4部屋で風呂なしトイレ共同の昭和の遺物のような物件だった。
1階のスペースを自由に使って良いのと、家賃が月2万8000円と激安の『昭和価格』だったことが決め手となって、結構長い間借り続けていた。
週に1度か2度、寝に帰るくらいの俺にとっては格安の物置兼屋根付きバイクガレージとして好都合だったのだ。
アパートには、耳の悪い爺さんとネパール人の若い男が住んでいて、トイレ前の部屋が1部屋空いていた。
猫好きの爺さんは、そろそろ尻尾が二つに裂けそうなヨボヨボの三毛猫と、どこからか拾ってきた黒白の毛足の長い洋猫を飼っていた。
爺さんが拾ってきたときは今にも死にそうな小さな子猫だったその猫は、数年後、体重10kg近くの巨体に成長していた。
特に肥満と言うわけではなく、ノルウェーなんとかキャットという元々デカくなる品種だったようだ。
この猫は俺にも良く懐いていて、俺が部屋にいる時には窓をガリガリとやって中に入ってきた。
体重10kgの『猫マフラー』は夏場には勘弁して欲しかったが、たまにアパートに帰るときはカリカリやお気に入りの『黒缶』を土産に買っていった。
そのお返しだろう、生保暮らしの爺さんは毎日のように出かける釣りで大漁だったときは、魚を良くくれた。
ネパール人の男、アナンドに言わせれば『猫のお下がり』らしかったが。
そんな爺さんがアパートで火事を出した。
俺の携帯にアナンドから、アパートが火事で全焼し、爺さんが病院に運ばれたと連絡が入った。
アナンドは夜勤に出ていて無事だったらしい。
火事の原因は、爺さんが消し忘れた仏壇の蝋燭が倒れて燃え移ったようだ。
耳が悪いうえに寝ていて出火に気付かなかった爺さんを洋猫の『ヤマト』が廊下まで引きずって助けたらしい。
長い付き合いの『ミケ』の方は素早く逃げ出し、火事のあと近所の『別宅』で見つかった。
爺さんは足と背中に火傷を負って一時危なかったらしいが、どうにか命は取り留めた。
アナンドと共に爺さんを見舞ったとき、爺さんは燃えてしまった俺のバイクのことをしきりに気にしていた。
実際のところは、部屋にあったパソコンや資料の方が痛かったのだが、金額的な損失はさほどではなかった。


1662 :黒猫 ◆cmuuOjbHnQ:2012/08/23(木) 11:26:10 ID:GbxTGrZM0
俺のバイクは92年型のカワサキの1100ccだった。
モデルチェンジ直前に値下がりしたところを初めて新車購入した大型だ。
当時は世界最速。
その後、ホンダやスズキから同じカテゴリーのもっと早いバイクが出たが、いまひとつ気に入らず、結局20年近く乗り続けていたのだ。
爺さんは買って返すと言ったが、価格はともかく、中古市場にコンディションの良い車両など殆ど残っていないだろう。
よしんば有っても、生保暮らしの老人にそんな出費はさせられない。
俺とアナンドは爺さんに「気にするな」と言って、病院を後にした。
病院を出るとき、爺さんは『ヤマト』のことをしきりに気にしていた。
火事のあと『ミケ』は直ぐに見つかったのだが、爺さんを助けた『ヤマト』は行方不明のままだったのだ。
『ヤマト』はアパート前の道路を通学路にする小学生たちのアイドルだった。
「近所の家に保護されているんじゃないかな?見かけたら連絡するよ」と言ったが、『ヤマト』の行方は結局判らないままだった。
 
親や学校に隠れて16歳で中免を取って以来、事故って入院していた期間を除いて、俺のバイクなしの生活は最長になっていた。
ある日、俺は仕事帰りに、ぼちぼち次のバイクでも、と馴染みのバイク屋に立ち寄った。


1663 :黒猫 ◆cmuuOjbHnQ:2012/08/23(木) 11:27:19 ID:GbxTGrZM0
「久しぶり、ダブジー燃えちゃったんだって?」
「ああ。だから、そろそろ次を探そうかなと思って」
「どんなの探してるのよ?」
「あんまりピピッと来るのがないんだよな。
俺もいい年だし、実用的で楽な奴が良いな。S1000RRとかZX10R辺り?」
「お前、サーキットや峠なんかもう殆ど行かないだろ?
街乗りやツーリングじゃ持て余すだけで良いこと無いぞ・・・それに、同じバイクに長く乗るタイプにSSは余り薦められないな」
「じゃあ、1400か?新ブサはイマイチ好みじゃないんだよな」
「いい加減、世界最速とか最高馬力は辞めとけよ。いい年なんだしさ。
もう少し大人しくて、まったり乗れる奴にしておきな」
「それもそうか・・・何か良いのある?」
「あるよ!お前好みの奴が。そろそろ来る頃だと思ってキープしてあったんだ」
バイク屋の店長はガレージから問題のバイクを引っ張り出してきた。
初期型のZX12R・・・最高速規制前の350km/hフルスケールメーターの付いたA1型と言う奴だ。
「ちょっと待て、コレのどこが大人しくてまったりと乗れるバイクなんだよwww」
「年式は古いし、少々距離は走っているがナラシは完璧で、しっかり回された極上物だよ。
出物の中古はコケてフレームが怪しいのや、碌に回さないでエンジンが腐ってるのが多いんだけどな。
Dタイプも駄目、ブラバやブサも気に入らなかった偏屈野郎には丁度良いと思うぞw」
「あんまり良い評判は聞かないけどね」
「乗れば判るよ。どうせ暇なんだろ?1週間ほど貸してやるから試しに乗ってみなって。
レンタル料3万。購入の場合は車両価格から引くからさ」
「OK。借りてくよ」


1664 :黒猫 ◆cmuuOjbHnQ:2012/08/23(木) 11:28:39 ID:GbxTGrZM0
ZX12R・・・発売当時は同じカワサキから出ていた9Rの方に興味があったので試乗経験は無かった。
ZZRに比べると車重は軽いが、かなり腰高で重心が高い。
違和感を感じるほどにスクリーンも近い。
だが、ぱっと見とは違って意外にハンドルは近くて高く、操作はし易かった。
直線番長で曲がらないと聞いていたが、開けさえすればしっかり曲がった。
ただ、開けないとどうにも言う事を聞いてくれないので、万人向けではなさそうだ。
直ぐに手放すオーナーと乗り潰すまで長く乗り続けるオーナーの両極端だと言うのもうなづけた。
得意とされる高速走行は圧巻だった。
以前、出たばかりの初期型ブラックバードに試乗したとき、200km/h以上の速度でのレーンチェンジの軽さに感動したものだった。
ブレーキの違和感さえなければ乗り換えていただろう。
ZZRのD型やハヤブサは、加速力はともかく、この速度域での動きはブラックバードに比べると鈍重だ。
車列を縫ってのレーンチェンジはちょっと遠慮したい鈍さだ。
だが、この初期型ZX12Rは250km/h以上の速度域で200km/hでのブラックバードよりも更に軽快にレーンチェンジが決まった。
硬すぎるとも言われるモノコックフレームの剛性の高さもあるのだろうか、速度が上がるほどに車体の安定性が増して行くようだ。
店長が言ったように、まさに俺好みのバイクだった。
俺は連日、高速に上がって上機嫌でバイクを飛ばし続けた。
そして土曜日、バイクを返しに行く前日の夜がやってきた。


1665 :黒猫 ◆cmuuOjbHnQ:2012/08/23(木) 11:30:48 ID:GbxTGrZM0
その日は道場に寄った所為もあったのだろうか、肩や首が妙に重たかった。
今夜は走りに行くのを辞めて、コイツに決めてしまおうかな・・・とも思ったが、スピードの誘惑には勝てず深夜の高速に上がった。
土曜の晩だというのに嘘のように他の車両を見かけなかった。
覆面もいない。
最高速アタック、行っちゃいますか!
1速落として『カチッ』と当たるまでアクセルON。
5速からだが凄い勢いでメーターの針が上がる。
全開から『チョン』と一瞬スロットルを戻して6速にシフトアップ。
もたつく事無くレッドまで一気に回り切る。
すっげ~楽しい!
上り線を降りてUターン。下り線に乗ってしばらく140km/hほどで巡航。
気持ちよく真ん中の車線を流していると、バックミラーが黄色い強烈な光を反射した。
大型トラックか何かにハイビームで煽られたか?
うぜえ・・・追い越し車線に入ってさっさと抜いてけよ、と思ったが、光の主は一向に追い越し車線に入ろうとしない。
一向に煽りを止めない光に『ハイハイ、開けてやるからさっさと行けよ』と左の車線に移ったが、光は俺を追尾し続けた。
・・・なんだこいつ?
光を振り切るべく、俺はシフトダウンして一気に加速した。
一瞬でスピードメーターの針は真上を超し200km/hの速度に達した。
だが、背後からの光を一向に振り切れない。
馬鹿な?!
背中に嫌な汗が流れ出した。
俺は更にスロットルを捻った。
メーターの針は250km/hを超えていただろう。


1666 :黒猫:2012/08/23(木) 11:32:23 ID:GbxTGrZM0
前方の闇に赤いテールランプが見える。
まずい、そう思ってスロットルを戻そうとした瞬間だった。
ゾクリと俺の背中に悪寒が走った。
前方から伸びた二本の手が俺の両手首を掴んだのだ!
思わず俺はスクリーンに伏せていた上体を起こした。
強烈な風圧に上体を持っていかれそうになった。
そして、スクリーンの向こう側を見た俺は凍りついた。
確かに見た。
顔面が半分石榴のように潰れた男の顔を!
男の残った片目と視線の合った俺は金縛り状態だった。
赤いテールランプは物凄い勢いで接近してくる。
『終わった・・・』
そう思った瞬間、首筋にふわふわした感触を感じ、耳元で『にゃあ』と猫の声を聞いた。
見覚えのある、フサフサの黒い長毛に覆われた、先の白い猫の前足が男の顔面を引っ掻いた。
その瞬間、フッと男と手が消え、俺の金縛りが解けた。
だが、恐らくミラーを見ていなかったのだろう、左車線を走っていた車がウインカーを点けて俺の走っていた中央車線に車線変更してきた。
俺は咄嗟に左レーンにレーンチェンジした。
ぶつかった!と思って、俺の体は硬直したが、間一髪、俺は衝突を免れた。
恐怖に震える手足で減速操作をして、俺は路肩にバイクを止めた。
足が震えてサイドスタンドが中々出せない。
難儀してやっとサイドスタンドを出してバイクを降りた俺は、腰が抜けたようにその場にへたり込んだ。


1667 :黒猫 ◆cmuuOjbHnQ:2012/08/23(木) 11:34:12 ID:GbxTGrZM0
どれくらいの時間がたったのだろう、東の空が明るくなり出していた。
俺は、バイク屋の店長の携帯に電話を掛けた。
留守電に現在位置を吹き込むと、5分も待てずに再び電話を掛け直した。
そんなことを5・6回も繰り返すと眠そうな声の店長が電話に出た。
「何だよ、こんな時間に!」
イラッとした店長の声を聴いた瞬間、なぜか俺は激しい笑いの衝動に襲われた。
ゲラゲラ馬鹿笑いしながら「XX高速下り線の**辺りの路肩にいるからバイクを引き取りに来てくれ!」
「おい、何があった?事故ったのか?」
「いいから早く来いよ!大至急な!」
かなり急いできたのだろう、1時間ほどしてバイク屋のトラックが到着した。
店長の顔見ると先ほどまでの異様なテンションが水が引くように冷めていった。
そして、ガタガタと俺は震えだした。
「大丈夫かよ?」そう言って店長はお茶のペットボトルを渡した。
俺はうなづいて受け取った飲み物を飲み始めた。
その間、店長がトラックにバイクを載せる準備を始める。
「なんだよ、動くじゃねえかよ。足回りにも問題はないし、何があった?」


1668 :黒猫 ◆cmuuOjbHnQ:2012/08/23(木) 11:35:37 ID:GbxTGrZM0
無言のまま、俺は店長の積み込み作業を横目にトラックの助手席に座った。
リフトを操作してバイクを積み込み、固定作業を終えた店長が運転席に乗り込んできた。
お互い無言のまま高速を降り、一般道に入った所で俺は店長に話しかけた。
「あのバイクさ、何か曰く付きのシロモノなんだろ?」
「・・・いや、そんな事はないよ・・・あのバイクにはな・・・」
俺はついさっき起こったことを店長に話した。
「まあ、こんな話、信じられないかもしれないけれどな」
「まあ、普通ならばな。でも、信じるよ・・・」
店長はタバコに火を点けた。
やがて、トラックは店の前に到着した。
バイクを下ろすと店長は俺を店の奥に誘った。
事務所の壁に額に入った何枚かの写真が飾られていた。
ショップ主催のツーリングやサーキット走行会の集合写真が飾られていた。
草レースの記念写真らしき写真も何枚かあった。
その中の少し古い1枚を指して言った。
「その写真の左側の男があのバイクのオーナーだよ」


1669 :黒猫 ◆cmuuOjbHnQ:2012/08/23(木) 11:37:38 ID:GbxTGrZM0
写真の男がスクリーンの向こう側から俺の腕を掴んだ男かは判らなかった。
答えは判っていたが聞いてみた。
「この男はどうなったんだ?」
「死んだよ」
「あのバイクで?」
「いや、別のバイクだ・・・ホンダの250、VTだよ。古いバイクだ」
「事故で?」
「ああ、自損事故で・・・お前が停まっていた、あの辺りだ」
「本当に自損だったのか?」
「判らないよ・・・昔はむちゃくちゃに飛ばす人だったけどね。
結婚してからは大人しく走っていたし、子供が生まれてからは更に慎重に運転するようになっていたよ。
お気に入りだった、あの12Rだって手放そうとしていたからね。
でもさ、箱の付いた緑ナンバーで最高速アタックする奴はいないだろ?」
「・・・」
「警察に言われても、カミさんは信じちゃいなかったけどね。まあ、直線区間のあの場所で単独事故は普通に考えたら有り得ないよな。
でも、他の車両が絡んだ証拠もないしな。死人に口なしだよ」
「・・・」
「奥さんはダンナのバイクを処分せずに残してあったんだけど、今度再婚することになったんだ。
それで、もう一台と一緒にね。
もう一台のガンマは古くてパーツもないし、外装もぼろぼろだったから廃車にしたんだけどさ」


1670 :黒猫 ◆cmuuOjbHnQ:2012/08/23(木) 11:42:55 ID:GbxTGrZM0
あの晩の男が彼だったのか、それとも他の何かだったのかは俺には判らない。
だが、あの12Rに二度と乗る気は起こらなかった。
男の幽霊?云々ではなく、乗り手を異常な速度域に引っ張り込む魔力のようなものを感じて怖くなったのだ。
連日連夜、あのバイクで飛ばしていた自分の行動の異常さに、今更ながら気が付いたのだ。
バイク屋の店長には「タンデムの楽しいバイクがいいな。女の子のおっぱいが良く当たるヤツ」と言っておいた。
だが、俺の中では、バイクそのものに対する欲求は萎んでいた。
 
ところで、あの晩、潰れた男の顔を引っ掻いて俺を救った主は、行方の判らなくなった爺さんの猫『ヤマト』だと思っていた。
一宿一飯の恩義と言う奴なのか?
猫の恩返し、そんなこともあるのか・・・あの猫、やっぱり、あの火事で死んじまったのかなと、少し寂しい気分になっていた。
だが、火事から大分時間の経った、オム氏の娘のガードの仕事が終わった後のことだった。
意外な所で『ヤマト』は見つかった。
火事の直後、『ヤマト』は大家に保護されていたらしいのだが、遊びに来た孫が気に入って連れて帰ってしまったらしい。
まだ、爺さんが入院中で意識が戻っていなかった頃だ。
一応ペット禁止のアパートだったが、住人のペットを勝手に連れ去る形だったので口を噤んでいたらしい。
色々と悶着も有ったらしいが、爺さんが飼い続けることは不可能になったので、治療費は大家持ちという事で、大家の孫に譲られることになったのだ。
礼という訳ではないが、俺は無事の確認された『ヤマト』に、大家を通じて黒缶プレミアムまぐろを贈った。
 
 
おわり




  


Posted by アマミちゃん(野崎りの)  at 19:00Comments(0)祟られ屋マサさんシリーズ(怖い話)

2012年12月23日

チルドレン(祟られ屋シリーズ⑮)

チルドレン




1573 :チルドレン ◆cmuuOjbHnQ:2012/06/21(木) 05:47:12 ID:kgX5MNas0
お久しぶりです。
中途半端になっていた前回の話の続きを。
纏り無く拙い文章ですがお付き合い下さい。


少年の両親の許可を得て、俺達は彼を霊能者・天見琉華の許へと連れて行った。
詳しい事情の判らないキムさんは憮然としていた。
「まさか、お前が琉華と接触しているとは思わなかったよ・・・」
「いや、俺も好き好んであの人と関わっている訳では・・・俺だって、出来れば関わりは持ちたくないですよ」
「だろうな」
琉華の弟子の40代くらいの女性の仕切りによる儀式と琉華による少年の『霊視』が行われた。
霊視は3時間を予定していたが、40分ほどで琉華は瞑想から覚め、霊視を切り上げた。
事前に予想していた事だったが、少年からは何も得る事は出来なかった。
宿命通や他心通、天眼通といった『力』が全く通用しないらしい。
霊視が失敗に終わり、何も得る事が出来なかった・・・・・・が、それ自体が、収穫と言えた。
「・・・・・・どうでしたか?」
「そうね、この子は『新しい子供』で間違いなさそうね。封じられて切り離されてしまっているみたいだけど」
満を持してキムさんが尋ねた。
「その、『新しい子供』とは、何の事なんだ?」
俺は、琉華の方を見て訊ねた。
「話しても良いのですよね?」
「ええ、いいわ。彼にも聞く権利はあるからね」
俺は、呼吸を落ち着けてから話し始めた。
「キムさん、これはマサさんにも関わりの有る話なんです」


1574 :チルドレン ◆cmuuOjbHnQ:2012/06/21(木) 05:48:40 ID:kgX5MNas0
俺が琉華から聞いた『新しい子供たち』の話は大凡、以下のようなものだ。
『新しい子供たち』とは、一部の霊能者や宗教家、占術家などの間でかなり以前から出現が予想されていた特別な子供だ。
『子供たち』の出現は『旧世代の偉大な霊力』の消滅を期に3段階を辿るとされているそうだ。
第一段階は1989年、第二段階は2005年だったらしい。
その翌年をピークに『新しい子供達』は世界中で出生していると予想されている。
出生前から確実視された極少数の例外もあったが、霊能者集団や宗教団体の探索にも関わらず、その発見は困難を極めた。
『例外』についても、霊的にだけではなく現実的な強固な護りの中にあり、霊能者や宗教家が手出しする事は不可能だった。
何人かの霊能者が遠隔での霊視を試みたようだが、結果は悉く失敗に終わった。
しかも、事態は霊視の失敗だけでは済まなかった。
その子供の霊視を試みた霊能者たちは、霊視の失敗と同時にその『霊力』を失ったのだ。
天見琉華も『子供たち』の探索を行っていた。
そして、ある特殊な事例を通じて『新しい子供たち』の謎の一端に触れる事に成功していた。
俺とマサさんは、偶然、その事案に関わっていたのだ。


1575 :チルドレン ◆cmuuOjbHnQ:2012/06/21(木) 05:49:49 ID:kgX5MNas0
その日、俺とマサさんは、俺の旧い知人の店で一杯やっていた。
マスターを交えて取り留めの無い話をしていると、メールを受信した俺の携帯が鳴った。
メールの発信者は住職だった。
住職の呼び出し自体は、そう珍しい事でもなかった。
時々「たまにはアリサの墓参りに来い」だとか、「珍しい酒が手に入ったから飲みに来い」と言って俺を寺に呼びつけた。
俺自身、住職の事は好きだったので、呼び出されては寺を訪れていた。
住職はカルトに嵌ったり、誤った『行』の世界に足を踏み入れ『魔境』に陥った者に対する救済活動を行っていた。
考えてみると、俺自身が住職にとっては『救済対象』なのかもしれない。
だが、そのメールはいつもとは趣を異にしていた。
「是非、頼みたい事がある。出来ればマサさんも連れてきて欲しい」
住職が俺に頼み事をするのは初めてのことだった。
まして、面識の無いマサさんを連れてきて欲しいと言うのは只事ではなかった。
どうしたものかと悩んでいると、マサさんが「どうした?」と声を掛けてきた。
俺はマサさんにメールを見せた。
「お前の恩人なんだろ?まあ、俺もこの住職には興味があるしな・・・・・・いいよ。付き合うよ」
俺達は、指定された日に寺を訪れた。


1576 :チルドレン ◆cmuuOjbHnQ:2012/06/21(木) 05:52:08 ID:kgX5MNas0
寺に到着すると意外な人物が俺達を迎えた。
山佳京香・・・かつて、俺が『仕事』で関わった女だ。
元ヨガ行者だった彼女は、所謂『超能力』に魅せられ、薬物や『房中術』を濫用し、『能力』を悪用していた。
深い『魔境』に堕ちていた彼女は、天見琉華の手により『気道』を絶たれ『能力』を封じられた。
そんな彼女を俺は住職に紹介したのだ。
『能力』を封じられたはずの彼女は以前とは質の異なる強い『気』を発していた。
住職に引き合わせた頃・・・・・・琉華の手による『処置』と『行の反動』で憔悴し切っていた様子からは信じられない回復ぶりだった。
既に還暦に達しているはずだったが、見掛けは四十代くらいにしか見えない。
「なぜ、アンタがここに居るんだ?」
「住職にはお世話になっているからね。そちらが貴方の『先生』ね。
早速で悪いのだけど、一緒に来ていただけるかしら?住職が待っているわ」
京香の運転する車に15分ほど揺られていると旧い作りの民家に到着した。


1577 :チルドレン ◆cmuuOjbHnQ:2012/06/21(木) 05:53:23 ID:kgX5MNas0
寺で京香に出迎えられた時点で、俺は嫌な予感がしていた。
そして、その予感は的中した。
京香に続いて門を潜るとマサさんが言った。
「結界だ・・・この感じは、多分、琉華だな・・・・・・」
俺にとっても、マサさんにとっても天見琉華は、余り接触したい相手ではない。
「どうする?・・・・・・戻るなら、今のうちだぞ?」
「ここまで来て、そうもいかないでしょ。住職に挨拶だけでもしないと・・・・・・」
「・・・・・・そうだな」
 
門を潜ると妙な臭気が鼻を突いた。
何の臭いだろう?
玄関を開けると家主だという若い男性が俺達を迎えた。
強烈な臭いが屋内を満たしていた。
獣臭とも屍臭ともつかない、吐き気を催す類の臭いだ。
家主はこの臭気に全く気付いていない様子だった。
俺達は奥の部屋へと通された。


1578 :チルドレン ◆cmuuOjbHnQ:2012/06/21(木) 05:54:26 ID:kgX5MNas0
居間では、品の良さそうな老夫婦と住職が俺達を待ち構えていた。
老夫婦に挨拶してから俺はマサさんを住職に紹介した。
「彼が、何度かお話した事のある『マサさん』です」
「そうか、この方が・・・・・・無理なお願いを聞いて頂いて、かたじけない。よく来て下さった」
暫くマサさんと話をした後、住職は襖を開け隣の部屋に俺達を通した。
12畳ほどの和室の中央に一人の男が横たわっていた。
住職は俺に尋ねた。
「お前さん、彼をどう見るかね?」
「生きているのが不思議な程に精気が抜け切っていますね。
・・・・・・これに似た状態の人間を以前に見た事がありますよ。
その人物は、質の悪い行者に房中術で精気を抜かれていたんですけどね。
・・・・・・そう、アンタの被害者の松原にそっくりだよ。何でこうなった?」
俺は、住職の傍らに座っていた山佳京香に向って言った。
一目見て判った。
質の悪い『世界』に繋がっている・・・・・・そして、彼を『通路』にして『魍魎』が湧き出していた。
「判る?・・・・・・彼はね、以前の私と同じなのよ。それが、私が送り込まれた理由。経験者ってことね」
何となくだが、事情は理解した。
だが、彼は既に手遅れに見えた。
虚ろな目は開いているだけで何も見てはおらず、精気の抜け切った身体は死体のようだった。 
 
俺達の前に横たわる男、それが、寺尾昌弘だった。


1579 :チルドレン ◆cmuuOjbHnQ:2012/06/21(木) 05:56:43 ID:kgX5MNas0
寺尾昌弘は30代後半の日本人男性だった。
彼は、特殊な経歴の持ち主だ。
中学生の頃から『行』の世界に興味を持ち始め、没頭してきたのだ。
彼が多くの『修行者』と異なっていたのは、敢えて『師』を持とうとはせず、自らの手で『行法』を組み立てたことだった。
中学生ではあったが、『宗教的師弟関係』や『教祖的個人信仰』の欺瞞や危険性に気付いていたのだ。
だが、自己流の『行』に邁進した結果、彼を待っていたのは深い『魔境』だった。
 
寺尾の両親の話では、彼が『修行』にのめり込む切っ掛けが何だったのかは良く判らないようだ。
だが、中学生だった彼は急にオカルトやスピリチュアル系の書物を読み耽り、収集するようになった。
寺尾の両親は多忙を極めており、寺尾の学業成績はトップクラスをキープしていたので『変なものに興味を持ったな』と思ったくらいで特に干渉はしなかったようだ。
しかし、高校生になると、寺尾の『修行』は奇行と呼べるレベルに達した。
部屋に引篭り、日によっては10時間以上も『修行』に没頭した。
学校も欠席しがちとなり、出席日数は進級・卒業に必要なギリギリの日数だったようだ。
だが、目覚めている時間の殆どを『修行』に費やしている感のあった彼は、第一志望の難関大学に現役で合格した。
周囲は彼の『快挙』を喜ぶよりも、何故?と薄気味悪く思ったそうだ。
大学生となった彼は益々『修行』にのめり込んだ。
さらに、アルバイトで資金を貯めては、一回数10万円もする海外のセミナーにも参加するようになった。
寺尾は留年を重ね、両親は彼の将来を半ば諦めていた。
だが、大学6年生の時、寺尾は何か憑物が落ちたように『修行』をキッパリと止め、今までの遅れを取り戻すかのように勉学に励んだ。
放校寸前の8年生でどうにか卒業し、大学のブランドも効いたのだろう、大手企業への就職も決めた。
やがて同じ職場の女性と結婚し、海外赴任中に長女にも恵まれた。
曲折はあったが寺尾の人生は順調そのものに見えた。
だが、海外赴任から戻った息子と再会した時、寺尾の両親は戦慄した。
一時帰国時には気付かなかったのだが、寺尾は以前の彼に戻っていたのだ。


1580 :チルドレン ◆cmuuOjbHnQ:2012/06/21(木) 05:58:34 ID:kgX5MNas0
案の定、寺尾は『修行』を再開していた。
寝る時間も惜しんで『修行』に没頭し、無断欠勤を重ねて会社を解雇された。
失業後、暫くすると寺尾は失踪した。
寺尾の失踪後、妻は娘を連れて実家に戻った。
だが、実家に戻って暫くすると、寺尾の妻は幼い娘を残して自殺した。
更に、娘が事故死し、孫娘を引き取っていた寺尾の妻の両親も死亡している。
事故とは言え、孫娘を死なせた事を苦にしての覚悟の心中では?と噂されたようだ。
妻の実家が死に絶えた数ヵ月後の事だった。
寺尾夫妻に警察から連絡が入った。
失踪していた息子が保護されたというのだ。
入管が不法滞在の外国人女性宅に踏み込んだ際、その女性の部屋に心神喪失状態の寺尾がいたらしい。
財布に入っていた、期限切れの運転免許証から身元が判明したようだ。
複数の医師に掛かったが、寺尾は心神喪失状態から回復しなかった。
やがて、自宅療養する寺尾の周りで、妙な現象が多発するようになった。
『怪現象』だけではなく、夫妻は連日悪夢に襲われるようにもなった。
寺尾が大学生の頃、夫妻の相談に乗っていた人物がいた。
その人物を介して紹介されたのが、誤った『行』に嵌り込んで『魔境』に堕ちた若者を数多く救ってきた住職だった。
 
住職を尋ねてから、寺尾夫妻は息子の修行遍歴・・・・・・参加したセミナーや接触した組織について調査した。
調査を進めると次々と意外な事実が明らかになっていった。


1581 :チルドレン ◆cmuuOjbHnQ:2012/06/21(木) 05:59:35 ID:kgX5MNas0
職場結婚の筈だった寺尾と妻の出会いは、学生時代に参加したとある海外セミナーでの事だったようだ。
寺尾の妻は帰国子女だ。
驚いた事に、妻の実家の両親はセミナーの主催団体の有力幹部だった。
セミナー参加の為に渡航する度に寺尾は妻とその両親の家に滞在していたらしい。
そんな事実は息子からも、妻の両親からも聞かされていなかった。
寺尾の妻の両親はその団体の幹部であり、妻も会員だったが、寺尾自身は団体に加入していなかった。
妻の団体だけでなく、彼は『行』の情報を収集する為に各種のセミナーに参加し、様々な団体と接触していたが、特定の団体に所属する事は無かった。
あくまでも、自分で組み立てた『行』を補完し、改良する為であり、特定の人物に師事したり宗派に帰依する気は無かったらしい。
寺尾の両親は息子夫婦の海外赴任中の様子を元同僚などに当たって調査した。
海外赴任中の寺尾夫妻の評判は芳しくなかった。
特に、妻が駐在員の家族や現地人の同僚などを熱心にとある団体の無料セミナーなどに勧誘していた。
その勧誘は執拗で、苦情が入り寺尾は直属の上司から叱責も受けていたらしい。
「息子さん夫婦が参加していたのは、どういった団体だったんですか?」
「ヨガを元にした『人間を超越する瞑想修行』という触れ込みのセミナーだったようです。
セミナーの主催者は宗教団体ではなく、韓国系のフィットネス事業を展開する企業だったみたいですね。
『韓国発祥のヨガ』をベースにした『脳力』と『丹力』を開発すると言う触れ込みの『行』だったようです」
「韓国発祥のヨガって・・・・・・まあ、ヨガに似た『行』は無い事もないのですけどね・・・臭ぇ・・・詐欺の臭いしかしないな」
「ローンを組ませて法外な料金を請求したり、講師が受講者に性的暴行を加えたりして、向こうでは訴訟も起されているみたいですね。
息子夫婦が参加していたのは、その分派の団体だったようですが・・・・・・」


1582 :チルドレン ◆cmuuOjbHnQ:2012/06/21(木) 06:01:04 ID:kgX5MNas0
京香が言った。
「オウム事件の前、まだ日本経済が元気だった頃ね。
日本の大手企業が瞑想行や断片的な『行』を社員研修に積極的に取り入れていたことがあるのよ。
それに倣って、欧米の大企業でも瞑想セミナーが流行ったみたいね。
日本での『流行』が下火になると、向こうでも廃れていったみたいだけど・・・・・・最近、また流行り出しているらしいわ。
その団体も勤め先の企業に浸透する目的で息子さん夫婦に近付いたのかもね」
「私も、そう思います。
ただ、息子の場合、更にそこからいかがわしい連中と付き合うようになったみたいです」
住職が俺の前にi-podを差し出して言った。
「お前さん、これをどう思う?」
俺は、i-podの中身を聞いてみた。
日本人の男性の声・・・・・・寺尾本人の声か?
自律訓練法に似た手法で肉体の緊張を取り去った上で、瞑想上の指示を与えているようだ。
自己催眠とも言えるか?
自分の音声を利用して、一定の瞑想手順を反復して、一種の『条件反射』を形成させる目的のモノのようだ。
条件反射化されるものには瞑想中の生理的反応、『丹光』のようなビジョンも含まれていた。


1583 :チルドレン ◆cmuuOjbHnQ:2012/06/21(木) 06:02:03 ID:kgX5MNas0
「面白いだろ?
元々は日本人の瞑想家が開発した手法らしいが、これはその応用だな。
色々と工夫が凝らされているようだ」
京香が続けた。
「言葉じゃなくて、バックグラウンドの音声を注意して聞いてみて。
・・・・・・多分、貴方には判るはずよ?」
バックグラウンドには脈動するような独特な金属音が流れていた。
・・・・・・深い瞑想状態に入ったときに聞こえてくる『音』
マサさんから『導通』の儀式を受けた時に聞いた『音』にも良く似ている。
「聖音か?」
「そう。・・・・・・呼び名は色々有るけれど、これを作った人たちはアストラル・サウンドと呼ぶらしいわ。
個人の脳波や心拍をサンプリングしてシンセサイザーで作った音のようね。
機械的な反復による瞑想の条件反射化に加えて、外部から強制的に深い階層まで瞑想をコントロールする目的のようね・・・・・・
自力の瞑想では、薬物を使っても同じ瞑想状態を再現する事は難しいから・・・・・・これは、良く出来ているわ」
「しかし、どうなんだろう?そんなことで瞑想をコントロール出来るのかね?
仮に出来たとしても、肉体的なコンディションを無視して無理やり深い瞑想に入るの危険なのでは?
例えば、間違って『三昧』に入り込むと戻って来れなくなるんじゃないかな?」
「そうね。・・・・・・その、成れの果てが今の彼ね」


1584 :チルドレン ◆cmuuOjbHnQ:2012/06/21(木) 06:03:35 ID:kgX5MNas0
寺尾の部屋からは、『瞑想指示』を吹き込んだ大量のカセットテープが見つかっている。
どうやら、似たような手法の『行』を行う団体と接触して、寺尾は再び『行』の世界に引き込まれたようだ。
住職は言った。
「彼の陥っている魔境は深い。
一度『行』の世界にのめり込むと、逃れても逃れても『行』が人を引き戻しに掛かってくる。
彼はその典型例と言えるだろう。
全てを奪い尽くしながら人を捕らえ、場合によっては命までも喰らい尽くす・・・・・・
一度堕ちた魔境から逃れることは、一生を掛けた大事業なのだよ」
 
救済活動に勤しむ住職や寺尾の両親を前に口にこそ出さなかったが、俺には寺尾の『救済』は不可能に思えた。
見たところ、既に彼は『向こうの世界』から戻って来れなくなっており、戻ってくる生命力も残っては無さそうだった。
そして、マサさんに続いてi-podの音声を文章に書き起こした物を読んだ時、俺の背中に嫌なものが走った
俺もマサさんも敢えて口に出す事はしなかったが、寺尾の『行』には非常に危険な、一種の『奥義』に属するものが含まれていたのだ。
 
「マサさん、あれは・・・・・・」
「ああ、『移入の行』だ。自己流であそこまで到達したのなら大したものだ。とんでもない天才だよ。
・・・・・・だが、全くの自己流だったとしたら不味いな。行の『禁則』は知らないだろうからな」
 
『移入の行』は、俺がイサムとパワースポット巡りのツーリングに出た際、『治療』の最終段階として行ったものだ。
『行』の内容を簡単に言えば、イメージの力によって『もう一つの体=幻体』を作り出し、『幻体』に意識を移入するというものだ。
『幻体』とは、瞑想により没入した精神世界における肉体といった存在だ。
この幻体を使って『行』を行うのだ。
俺は、この『幻体』を用いた行で、厳しく禁じられていた『丹田から尾底に気を送り込む行』を行い、『二次覚醒』を起こす事に成功した。
要するに、これまで起こらないように必死に抑え続けてきた『二次覚醒』に伴う肉体的損傷を『幻体』に肩代わりさせたのだ。
マサさんやキムさんの元で続けてきた修行や、シンさんに指定されたパワースポットを巡っての『気の取り込み』はその為の準備と言えた。
この『移入の行』によって、ようやく俺は修行を辞めても大丈夫な状態に戻る事が出来たのだ。


1585 :チルドレン ◆cmuuOjbHnQ:2012/06/21(木) 06:05:02 ID:kgX5MNas0
『移入の行』により没入する世界は、現実世界と殆ど見分けの付かない非常にリアルな世界だ。
視覚や聴覚だけでなく、味覚や触覚・・・肉体に備わった全ての感覚があるのだ。
むしろ、その感覚は現実世界のそれよりも冴えてクリアでさえある。
現実世界と異なるのは、精神世界に属する世界であるが故に時間感覚が存在しないこと。
そして、望みさえすれば何でも叶うと言う事だ。
宗教的修行者は、この精神世界で『師』を得る事が出来る。
そして、この精神世界における『師』を得る上で、宗教的な信仰が大きな力となる。
祈りを捧げ続けた『神』の存在が『師』を生み出すのに必要なイメージの核となるからだ。
他方で、精神世界であるが故に、その人の持つ欲望がダイレクトに反映される。
いや、欲望の反映された世界が『移入の行』により『幻体』が活動する世界と言えるだろう。
それ故に、宗教的修行者たちは持戒し、厳しい行や宗教的修行によって欲望を昇華し、止滅させなければならないのだ。
俺の場合は、宗教的な『行』としてではなく、肉体の代用、或いは身代わりとして『幻体』を利用したかっただけなので、持戒や欲望の昇華は問題ではなかった。
繋がった『世界』が地獄であろうが餓鬼であろうが問題はなかったからだ。
唯一つ厳重に注意されたのは『移入の行で没入した世界で肉体的な欲望を果たしてはならない』と言うものだった。
『幻体』を用いて没入した『世界』は精神世界に属することから、欲望を果たす事による『快楽』は肉体次元とはまるで比較にならないのだ。
その強烈な『快楽』ゆえに、食欲や肉欲といった肉体的欲望を果たすと『幻体』に移入した意識・・・魂が幻体に定着し、現実世界に戻って来れなくなるのだ。
マサさんの言う『禁則』とは、この事を指す。
そして、心神喪失状態のまま意識の戻らない寺尾は、『禁則』を知らないまま瞑想世界の『快楽』に囚われてしまっている可能性が高かったのだ。


1586 :チルドレン ◆cmuuOjbHnQ:2012/06/21(木) 06:06:49 ID:kgX5MNas0
大凡の事情が説明された後、山佳京香に俺は言った。
「それで、俺にどうしろと?俺に出来る事は無さそうだけどな」
京香が答えた。
「琉華『先生』の指示を伝えるわ。
先生が準備を整えて此処に来るまで、貴方には『それ』を使って瞑想を行っていて欲しいと言う事よ。
私はそのフォローの為に此処に送り込まれてきたの」
「?」
怪訝な顔をする俺にマサさんは言った。
「鉄壷の供養を覚えているか?以前お前に遣らせた『同化の行』の初歩だ。
琉華がお前に遣らせようとしているのは、恐らく、その応用・・・『移入の行』との合わせ技だな。
彼と同じ瞑想行を行って『慣らし』てから、彼に対する『同化の行』をやらせようとしてるのさ」
「そんなことできるんですか?」
「そう難しい事じゃない。霊能者や霊媒師にとっては初歩的な『技術』だ。
・・・・・・だが、これは俺が遣らせて貰う。
ダメだと言うなら、この話はご破算だ。俺は、コイツを連れてこの場を立ち去る」
「私の一存では決められないわ。琉華先生に聞いてみる」
京香は天見琉華に電話を掛けた。


1587 :チルドレン ◆cmuuOjbHnQ:2012/06/21(木) 06:07:52 ID:kgX5MNas0
どうやら、天見琉華は、マサさんの申し出を飲んだらしい。
マサさんは寺尾のi-podを使って瞑想を開始した。
この瞑想法の原型は、今では余り見かけなくなったテープレコーダーを利用して行うものだった。
瞑想状態に誘導する基本的なシナリオから、個人の瞑想段階に応じて編集を重ねる。
テープの編集を繰り返して『育てる』ものらしい。
寺尾のそれは、かなりの段階まで『育った』完成形に近いものだったようだ。
一回の瞑想に要する時間は2時間弱。
他人のリズムや音声によるものだった為か、マサさんをしてもかなり消耗が激しかった。
俺と京香による気の注入を行いながらでも朝晩1回づつ、1日2回が限界だった。
だが、10日ほど繰り返すと慣れてきたのか、1日3回をそれほど消耗する事無くこなす事が出来るようになった。
半月が経過した、天見琉華が来る前日の事だった。
マサさんが言った。
「琉華がお前に、本当は何をさせようとしていたか判るか?」
「いいえ」


1588 :チルドレン ◆cmuuOjbHnQ:2012/06/21(木) 06:09:01 ID:kgX5MNas0
「お前にも判っているんだろ?
彼の両親には悪いが、寺尾はもう助からない。俺達が此処に来た時点で手遅れだった」
「でしょうね・・・・・・。
で、琉華のオバサンは俺に何をさせようとしていたんですか?」
「文字通り『同化』だよ。同化と言うよりは『入れ替わり』だな。
思考や精神を持った『人間』に対する『同化の行』は、お前が思っている以上に危険なんだよ。
狂人と接触している人間の精神が徐々に狂って行くって話を聞いたことはないか?
自我の弱い普通の人間の精神が、強烈な『狂人の精神』に侵食されて起こる現象だ。
深い瞑想状態・・・・・・潜在意識の階層では人間の自我の境界、防壁は曖昧になる。
寺尾の瞑想法は・・・・・・多くの瞑想行がそうなんだが、あの手法は自我の境界が消失するような深い瞑想状態でも自我を保つ為の訓練だ。
顕在意識での思考を潜在意識、或いは集合的無意識の階層まで送り込む手法でもある。
寺尾は長年『瞑想行』を続けていて潜在意識下で『意識』を保つ力が強いんだよ。
そんな奴に、精神的に丸裸のお前が『同化』したらどうなると思う?」
「さあ・・・・・・寺尾の性格に近くなるとか?」
「そんなに甘くは無い。
奴に精神を『乗っ取られる』ぞ?並みの憑依なんて生易しいものじゃない。
『あっち側』から戻って来れなくなってる奴には渡りに船だ。逆に、お前が奴の繋がっている世界から戻って来れなくなるだろうな」


1589 :チルドレン ◆cmuuOjbHnQ:2012/06/21(木) 06:10:26 ID:kgX5MNas0
俺の背中にゾクッと冷たいものが走った。
「何のためにそんな?」
「さあな。実際遣ってみなければ判らない。
ただ確かなのは、琉華はお前を寺尾から何かを得る為の道具に仕立て上げようとしていた。・・・・・・使い捨てのな。
俺を呼びつけたり、お前と『気の交流』のある山佳京香を寄越している時点で薄々感付いてはいたんだが・・・・・・」
マサさんは深刻な表情で言った。
「恐らく、俺の力だけでは寺尾の繋がっている世界からは戻って来れないだろう。
そこで、お前に頼みたい。寺尾の中から俺を引き上げて欲しい。
やり方は簡単だ。俺に対して『移入の行』を行って、俺とお前が共有する強烈なイメージを利用して俺を引き上げてくれれば良いのだ。
イメージは・・・・・・あの『井戸』を使え」
更にマサさんは続けた。
「もし、俺が戻って来れなかったら・・・・・・目覚めなかった時は、俺を置いて、お前は直ぐにこの場から立ち去れ。
逃げるんだ。出来れば、この国から立ち去って二度と戻ってくるな。
もしもの時の事は、『ヤスさん』に頼んである。
琉華はお前を使い捨てにしようとした。つまり、組織はもうお前に利用価値はないと判断しているという事だ。
組織にとって無価値なだけではなく『邪魔』と判断されたら、場合によっては消されるぞ?」
 
翌日の夕方、天見琉華はやってきた。


1590 :チルドレン ◆cmuuOjbHnQ:2012/06/21(木) 06:11:28 ID:kgX5MNas0
深夜0時に向けて、儀式の準備が着々と進められた。
寺尾を囲むように四体の仏像が置かれた。
住職によると「四天王だな」と言うことだった。
東の持国天、南の増長天、西の広目天、北の多聞天・・・四方を護る守護神の視線が寺尾に集中していた。
琉華がマサさんに技法の説明をしている。
寺尾にi-podのイヤホンを嵌め、マサさんも同様に装着した。
マサさんが琉華を挟んで寺尾の横に横たわった。
琉華が中央で二人の胸に手を置いて座る。
深夜0時、同時に2台のi-podのスイッチを入れ、琉華が『マントラ』を唱え始める事によって『儀式』は開始された。
儀式開始2時間が経過しようとした頃、『瞑想終了』の指示が流れる前にi-podは停止された。
此処からが本番だ。
午前3時を過ぎた頃、琉華のマントラ詠唱は止まった。
やがて、部屋の中に異変が起きた。
この民家の玄関を潜った時に感じた臭気・・・・・・獣臭とも死臭とも知れない悪臭が漂い出したのだ。
この悪臭には、家主や寺尾の両親も気付いたようだ。


1591 :チルドレン ◆cmuuOjbHnQ:2012/06/21(木) 06:12:25 ID:kgX5MNas0
寺尾の母親が不意に「ひぃっ!」と悲鳴を上げた。
壁際の本箱のガラス戸に人影が写っていた。
真っ青な顔をした血塗れの女の姿だった。
家主の男性が「うわっ」と声を上げた。部屋のあらゆる物陰から、気味の悪い顔をした沢山の男女がこちらを睨んでいた。
こんなあからさまな『霊現象』は俺も初めてだった。
俺の頭は混乱の極みだった。
悲鳴を上げたり失禁しなかったのは我ながら上出来だ。
もし、一人でいるときにこの状況に遭遇したら正気を保っていられる自信はない。
俺は琉華達の方を見た。
寺尾の体から、目では捉えきれない『何か』が湧き出していた。
これは見覚えがある・・・『魍魎』・・・以前、山佳京香の体から湧き出してきたものと同質の物の怪だ。
寺尾の体から湧き出した『魍魎』は床と壁を伝って天井に集まった。
そして、家主も寺尾夫妻も、京香も俺も天井に目を奪われた。
天井一杯に巨大な人の顔が浮き出していた。
俺達はパニック寸前だった。
その瞬間、『ぱぁん!』と大きな拍手の音が室内に響いた。
住職だった。
拍手の音が響いた瞬間、部屋からは臭気も『顔』も、魍魎も消え去っていた。
寺尾を中心に漂っていた嫌な空気の全てが霧散していた。
ガラッと変った部屋の空気に俺達は困惑した。
住職によると『場の空気』に飲まれて、俺達は同じ幻覚を見ていたらしい。
住職の拍手によって『夢見』の状態から目覚めさせられた、と言うことのようだ。


1592 :チルドレン ◆cmuuOjbHnQ:2012/06/21(木) 06:13:37 ID:kgX5MNas0
俺は住職と京香に寺尾と琉華の処置を頼んで、マサさん対する『移入の行』を行った。
『移入の行』自体は事前にシミュレーションしていた事もあってすんなり進んだ。
『リンガ・シャリラ』の瞑想状態に入って道を辿った。
だが、井戸が見つからない。
そう、俺は『井戸の地』への道筋を知らないのだ。
焦った。
だが、心が乱れれば『移入の行』は解けてしまう。
俺は「落ち着け、落ち着け!」と自分に言い聞かせた。
道を辿っていると、いつの間にか見覚えの有る砂利だらけの道を歩いていた。
何処からか複数の子供の笑い声が聞こえる。
声のする方に向って歩いていると、不意に背後から、耳許に『アッパ』という生々しい男児の声が聞こえた。
驚いて振り返ると、其処には、あの井戸があった。
俺は井戸に蓋をしている黒い石を抱えた。
恐ろしく重かったが何とかどける事が出来た。
恐る恐る井戸の中を覗いた。
井戸の中には、真っ黒なドロドロとした『闇』が詰まっていた。
俺はマサさんの名を有らん限りの大声で呼んだ。


1593 :チルドレン ◆cmuuOjbHnQ:2012/06/21(木) 06:15:20 ID:kgX5MNas0
井戸の闇の中から白い人間の腕が出てきた。
俺は、その腕を有らん限りの力で引き上げた。
だが逆に、俺は井戸の中に引きずりこまれた。
無数の手が俺を井戸の底へと引き込む。
目の前が真っ暗になって、俺は意識を失った・・・・・・。
 
どれくらいの時間が経ったのか、俺はマサさんの胸に手を置いた状態でマサさんの横に座っていた。
何時間も経った気がしたが、俺がマサさんに対する『移入の行』を始めてから1時間も経ってはいなかった。
マサさんは、未だ目覚めてはいない。
『ダメだったか・・・・・・』そう思った瞬間、マサさんが目を見開いた。
琉華がマサさんに声を掛けた。
「どうだった?」
マサさんが頭を抑えながら言った。
「沢山の子供達が・・・・・・何だったんだ、あれは?寺尾はどうなった?」
俺とマサさん、住職は琉華に促されて部屋を出た。


1594 :チルドレン ◆cmuuOjbHnQ:2012/06/21(木) 06:16:28 ID:kgX5MNas0
マサさんは青い顔をしてまだグロッキー状態だった。
再度、琉華がマサさんに何を見たか尋ねた。
マサさんは暫し考え込んでから答えた。
マサさんが見たもの・・・それは、数十人の子供達だった。
寺尾=マサさんは気付かれないように子供達を観察していた。
子供達は何かを話していたが、何を話しているのかは判らなかったようだ。
『瞑想世界』で見聞きした事を顕在意識下に持ち帰る・・・・・・覚醒後も覚えているには一定の精神操作が必要だ。
マサさんは『精神操作』を行った。
その瞬間、子供達の視線がマサさんに集中した。
『しまった!』と思ったのと同時に突然『何か』が現れ、マサさん=寺尾を喰った。
喰われた瞬間、マサさんは意識を失ったと言う事だ。
マサさんは琉華に尋ねた。
「あれは、何だ?」
「はっきりした事はまだ言えない・・・・・・敢えて言うなら『新人類』・・・私達とは違う新しい人間。
肉体的・物質的には判らないけれど、霊的・精神的にはホモ・サピエンスとは別種の人類かも知れない、そう言う存在よ」


1595 :チルドレン ◆cmuuOjbHnQ:2012/06/21(木) 06:17:32 ID:kgX5MNas0
琉華は、事のあらましを話し始めた。
 
天見琉華は、知り合いの霊能者からある老夫婦の紹介を受けた。
面会した時、その老夫婦は何かに酷く怯えていた。
老夫婦の『恐怖』の対象は、まだ幼い孫娘だった。
孫娘の父親は失踪していた。
夫の失踪後、娘が子供を連れて実家に戻ってきたが、間もなく自殺している。
実家に戻ってきた頃からノイローゼ気味で、孫娘に酷く怯えていた様子だった。
そして、老夫婦もまた、娘の自殺後、孫娘の『異常さ』に気付いた。
ある宗教団体の祈祷師に孫娘に取り憑いた『悪霊』を祓う為の祈祷を依頼した。
だが、孫娘の異常さは『憑依』によるものではなかった。
祈祷師に紹介された霊能者を通じて天見琉華が紹介された。
孫娘を視た霊能者が、この娘が琉華達の探している『新しい子供』ではないかと疑いを持ったからだ。
老夫婦と面談した琉華は、知り得る限りの情報を老夫婦から聞き出した。
そして、孫娘との面談の日を取り決めた。
老夫婦は一刻も早く、出来ればその日のうちにでも孫娘を琉華に引き渡したい様子だったらしい。
だが、『霊視』を行う約束の日の直前、孫娘が事故死した。
マンションのベランダから転落死したらしい。
琉華たちは老夫婦と接触しようとしたが、警察の取調べが続き、なかなか接触できなかった。
ようやく面談のアポを取ったが、老夫婦は台風で増水した川に乗っていた車ごと転落し、死亡してしまった。
周囲では、孫娘を死なせた事を苦にしての心中ではないかとも噂されたようだ。


1596 :チルドレン ◆cmuuOjbHnQ:2012/06/21(木) 06:19:20 ID:kgX5MNas0
『新しい子供たち』を知る為の糸口は失われた・・・と思われたが、意外な所から切れた糸が繋がった。
山佳京香から、住職の許を訪れた寺尾夫妻の話がもたらされたのだ。
彼らの息子こそが、問題の孫娘の失踪した父親、寺尾昌弘だったのだ。
 
「俺にはいまひとつピンと来ない話だが、要するにアンタが寺尾から娘について・・・・・・『新しい子供達』の情報を得ようとしていた事は判った。
だが、何で俺とマサさんが呼び出されたんだ?
俺では明らかに力不足だし、マサさんには関わりの無い話だろ?
其処の所の納得のいく説明をして貰いたい」
「それには、まず、彼に目を覚まして貰わないとね。
とりあえず、彼を現実世界に引き戻す為の道筋は付いたわ。
京香にマサ、それにアナタにも手伝って貰うわよ。
彼は『旧世代』の大人で、『新しい子供達』と精神世界で接触した、私の知る範囲では唯一の人間だからね」


1597 :チルドレン ◆cmuuOjbHnQ:2012/06/21(木) 06:20:50 ID:kgX5MNas0
マサさんの『術』によって『道筋』を付けられた寺尾は、琉華の術によって意識を取り戻した。
だが、衰弱が激しく、話の出来る状態に回復するには俺とマサさん、京香による三交代で三日三晩『気』の注入を行い続けなければならなかった。 
大量の『気』の注入によって一時的に回復した寺尾は琉華の質問に答える形でこれまでの経緯に付いて話し始めた。
 
寺尾家は厳格な教育一家だったようだ。
物心付いた頃から勉強ばかりで、同年代の子供たちと遊んだ記憶は殆ど無かった。
多忙な両親は寺尾を同居していた父方の叔母に任せ切りで、彼の記憶では父に褒められた事も、母に甘えたことも無かった。
更に、寺尾の叔母には家族も知らなかった『特殊な性癖』があった。
頼るべき両親には勉強勉強と責め立てられ、叔母からは異常な欲望の捌け口にされた寺尾にとって、安らぎの場所であるべき家は牢獄だった。
いつの頃からか、そんな『牢獄に閉じ込められた』昌弘少年の許を毎晩のように訪れる女性が現れるようになった。
彼女は話し疲れるまで彼の話を聞き、父の代わりに褒めてくれた。
彼は母の代わりに彼女に甘え、話し疲れると彼女の胸に抱かれながら眠りに就いた。
少し考えてみれば、その女性が実在しない『幻影』であることは子供だった彼にも判った。
だが、彼女の『存在』が昌弘の救いとなっていたのは確かだった。
寺尾は言った。
「彼女の存在が無ければ、僕は生きてはいられなかっただろう」と。
長ずるに従って『彼女』の出現頻度は少なくなっていき、中学受験が終わるとピタリと現れなくなったそうだ。
難関を突破して、厳格な父親が彼をはじめて褒め、母親が彼を抱きしめた夜だった。


1598 :チルドレン ◆cmuuOjbHnQ:2012/06/21(木) 06:22:42 ID:kgX5MNas0
『幻の女』が消えてから、寺尾は『魂の渇き』に苛まれた。
自分を追い込めば再び彼女が現れるかもしれない、そう思って猛勉強に励んだ。
全国的な秀才揃いのその学校でもトップクラスの成績を維持し続けたが、『彼女』が姿を現すことは無かった。
そんな彼が、偶然一冊の本を目にした。
クラスメイトが持ち込んだオカルト系の雑誌だったようだ。
普段の彼なら「くだらない」と言って、直ぐに読むのを止めただろう。
だが、その中に印象的なストーリーが書かれていた。
山で一人暮らしする孤独な男が、寂しさの余り女の『幻影』を生み出し、やがて『幻影』に魂が宿った。
男は魂の宿った『幻影』を妻として幸せに暮らしていたが、ある日突然に妻は姿を消した。
悲しみに打ちひしがれた男は人里に下り、悟りを開く為に仏門に入った。
やがて、修行を重ねた男は妻の魂と再会を果たした・・・・・・と言った話だったらしい。
他愛の無い話だが、寺尾には強烈なインパクトを与えたようだ。
『彼女』が自分の精神が生み出した『幻影』であるなら、自己の『精神』の探求によって再会を果たせるのではないか?
彼女の『幻影』に宿っていた『魂』と接触する方法が有るのではないか?
寺尾は心霊や瞑想、超能力開発関連の書籍を読み漁った。
『方法』を模索する中で興味深い手法に行き当たった。
例のテープレコーダーを利用した瞑想法だった。
本に従って瞑想を行ったが、中々上手くは行かなかった。
試行錯誤の上、瞑想中に様々な光やビジョンを目にするようになったが、それと同時に強烈な恐怖心が沸き起こった。
瞑想を行う事に底知れない恐怖を感じるのだが、瞑想を辞められない。
『恐怖心』は瞑想を行っていない時にも沸き起こった。
やがて、彼は自殺未遂事件を起した。
得体の知れない何かに追われ、近所のマンションの廊下から飛び降りたのだ。
再三の両親の説得と『瞑想』に対する恐怖心から、瞑想行を辞めようと思い立った翌日の事だった。


1599 :チルドレン ◆cmuuOjbHnQ:2012/06/21(木) 06:23:57 ID:kgX5MNas0
寺尾は『瞑想』を止められなくなった。
恐怖から逃れる為に恐怖の対象である『瞑想』を続ける・・・・・・理解し難い、まさに『魔境』に嵌った状態と言えるだろう。
寺尾は『瞑想法』の効果自体には確信があった。
この『瞑想法』は透視能力・・・・・・所謂『天眼通』を得る事を目的とした手法として紹介されていたが、『願望達成法』としても効力があった。
寺尾の手法は、所期の目的は得られていなかったが、『願望達成法』としては目覚しい効果があったからだ。
彼は手法自体ではなく、中身・・・・・・『シナリオ』に改善の余地ありと考えた。
彼は、自分の『瞑想法』をカスタマイズする為に更に様々な書籍、様々な団体の修行メソッドを研究した。
その過程で後に妻となる女性とその家族にも出会った。
やがて、幾つかの能力が開花し、宗教団体や修行団体の勧誘を受けるようになった。
だが、寺尾は特定の宗教団体に所属したり、特定の人物に師事しようとは思わなかった。
特定の宗派や教義、『指導者』と結び付いた『瞑想』は強烈な『洗脳』に成り得ること・・・・・・特に、自分の行ってきた手法が強烈な洗脳手法であることに気付いていたからだった。
やがて、寺尾は自らの『瞑想法』を完成させた。
『瞑想世界』で懐かしい『彼女』と再会したのだ。
寺尾は『瞑想世界』に耽溺した。
やがて、瞑想世界が彼の『生活の場』となった。
だが、ある日を境に寺尾は瞑想行を止め、現実世界に生きるようになった。


1600 :チルドレン ◆cmuuOjbHnQ:2012/06/21(木) 06:25:05 ID:kgX5MNas0
何故、瞑想行を止め『瞑想世界』から戻ってきたのかについて、寺尾は中々話そうとはしなかった。
だが、やがて寺尾は重い口を開いた。
先に述べたように、修行者の『瞑想世界』における禁則事項が幾つか有る。
その中で特に重要なものとして、根源的な生物的欲求・・・・・・食欲や性欲を『瞑想世界』で満たしてはならないというものがある。
精神世界に属する『瞑想世界』での快楽は、肉体と言うフィルターを通さない分ダイレクトで強烈な快感となり依存性が高いのだ。
いや、依存性などと言う生易しいものではない・・・・・・垣間見た『世界』に魂のレベルで結び付いてしまうのだ。
この性質を逆用しようと言う宗派も存在する。
『神』と交歓して神界と繋がろうという邪宗だ。
だが、『行』のみで『持戒』や『功徳』の無い者が繋がる世界は、殆どの場合『地獄』や『餓鬼』といった低い世界となる。
寺尾は『瞑想世界』で、再会した『女』と夫婦になった。
現実世界で女性経験の無かった寺尾は瞑想世界での『妻』との行為に耽溺した。
だが、かつての山佳京香がそうだったように、やがて寺尾も自分の繋がっている『世界』の本当の姿を思い知る事になる。


1601 :チルドレン ◆cmuuOjbHnQ:2012/06/21(木) 06:26:05 ID:kgX5MNas0
瞑想世界で寺尾は子を設けた。
『行』により瞑想世界と現実世界を行き来するたびに、『娘』は驚くほどの速さで成長した。
そして、娘が12・3歳の姿まで成長した時にそれは起こった。
『娘』が『妻』を殺して喰ったと言うのだ。
それだけではなく「お父さんも食べて」という娘の言葉に逆らえずに、娘と一緒に妻の『肉』を貪ったというのだ。
血の滴る妻の『肉』は恐ろしく美味で、一度口にすると止まらなかったそうだ。
更には、妻の肉を貪りながら寺尾は娘とも交わった。
妻の時とは比べ物にならない快楽が寺尾を捕らえた。
妻の肉を喰らい尽くし、娘の中に精を放ちつくした瞬間に、恐ろしいほどの渇きと共に寺尾は『正気』に戻った。
自分の居る『世界』の本当の姿を目の当たりにしたのだ。
 
マサさんが静かに言った。
「餓鬼道だな」
寺尾は瞑想行を止め、現実世界に戻った。
放棄していた学業を再開し、遅れ馳せながら就職活動を行い、就職後は仕事に邁進した。
寝る間も惜しんで・・・・・・いや、眠りから逃げるように。
瞑想を止めても寺尾は悪夢に襲われ続けた。
毎晩のように『娘』が現れ、寺尾と娘は交わりながらお互いの肉を貪り合っていたのだ。


1602 :チルドレン ◆cmuuOjbHnQ:2012/06/21(木) 06:27:12 ID:kgX5MNas0
そんなある日、寺尾は数名の派遣社員の中に知った顔を見出した。
海外のセミナーに参加した折に世話になった日本人家族の娘だった。
再会は偶然ではなかった。
寺尾の能力に目を付けた『団体』がこの女性を送り込んできたのだ。
寺尾の勤め先の会社は、この女性の所属している団体の背後にいる宗教団体の信者が多数潜り込んでいた。
女は、寺尾の置かれている状況を有る意味寺尾本人以上に把握していた。
女を通じて、女とその家族の所属する団体の幹部に寺尾は面会した。
幹部の女性は寺尾に言った。
寺尾が繋がった『世界』と、向こうの世界で設けた『娘』との縁を切る方法を教えようと。
その対価として、寺尾が完成させた『修行法』の全てを提供し団体に協力しろ・・・・・・それが、『団体』と寺尾の契約だった。
契約に従い寺尾は『修行法』を提供し、団体の指示に従って結婚した。
結婚して初夜を迎えると、それまでのことが嘘のように悪夢を見なくなり、夢の中に『娘』も現れなくなった。
やがて寺尾は妻を伴って海外に赴任した。


1603 :チルドレン ◆cmuuOjbHnQ:2012/06/21(木) 06:28:20 ID:kgX5MNas0
「赴任中、何があったの?」天見琉華の質問に寺尾は答えた。
寺尾はある人物に引き合わされた。
初老の日系人男性だったが、寺尾夫妻が所属する団体の『親団体』でかなりの地位に在る人物だったようだ。
団体の幹部は興奮気味に「直接面会できるだけで、非常に名誉な事だ」と言ったそうだ。
寺尾夫妻は、その人物に命じられて日にちと場所を変えて3人の霊能者・・・西洋風に言うなら『魔道師』或いは『魔女』といった類の人物と面談させられた。
そして、再び日系人紳士に呼び出されて命じられたそうだ。
『儀式と手順に従って子を設けろ』と。
団体の指示に従って結婚した寺尾夫妻だったが、夫婦仲自体は悪くなかった。
自由意志ではなく他人の命令で結婚した事に後ろめたさを感じていた夫婦にとって『子を設けろ』と言う命令は、口実としてむしろ望む所だった。
複雑な儀式を繰り返しながら、一定の手順による子作りに励んだ寺尾夫妻は念願の子を授かった。
娘は儀式を行った『魔女』の予想した日に、月足らずだったが自然分娩により誕生した。
喜びに包まれながら寺尾は保育器の中の生まれたばかりの娘に会いに行った。
だが、寺尾の喜びは次の瞬間、恐怖と絶望に変った。
寺尾が近付くと眠っているはずの娘が目を開き、頭の中に直接響く『不思議な声』でこう言ったというのだ。
「見つけたわよパパ。今度は逃がさないわ」
恐怖に慄いた寺尾は『魔女』に相談した。


1604 :チルドレン ◆cmuuOjbHnQ:2012/06/21(木) 06:29:15 ID:kgX5MNas0
『魔女』は寺尾に言った。
寺尾の娘は、『特別な子供』だと。
この『特別な子供』は同じような子供たちと精神の深奥で繋がっていて、相互にコミュニケーションを取っている。
この子供たちから『情報』を引き出せば、解決の糸口が掴めるかも知れない。
『瞑想行』を行い、子供たちが『精神の深奥』で何を話し合っているのか探りなさい・・・と。
寺尾は、再び瞑想行を開始した。
瞑想世界で寺尾は17・8歳くらいに育った『娘』と交わり続けた。
悪夢のような『苦行』だった。
だが、『夢』ではなかった。
まだ言葉も覚束ない幼い娘が頭の中に響く『不思議な声』で言ったそうだ。
「昨夜は良かったわ、パパ。今夜も抱いて・・・」
寺尾は、幼い我が子に対する恐怖と殺意を徐々に蓄積させて行った。
そして、遂に限界に達した寺尾は娘の首に手を掛けた。
間一髪のところで妻に見咎められた寺尾は、そのまま妻子を捨てて出奔した。
出奔と同時に寺尾は瞑想行を止めた。
だが、長年の『行』の成果、いや後遺症の為、最早、『行』を行わなくてもちょっとした切っ掛けで寺尾は深い瞑想状態に落ち込むようになっていた。
ナルコレプシーのように瞑想状態に落ち込む寺尾は、偶然知り合った外国人ホステスの部屋に潜り込んだ。
やがて、寺尾は落ち込んだ『瞑想世界』で『魔女』の言っていた『話し合う子供たち』を見つけた。
だが、同時に『瞑想世界』から戻ってくる事が出来なくなった。
心神喪失状態の寺尾は、外国人ホステスが入管に摘発されるまで彼女の介護を受けながら『肉体の死』を待つだけの存在に成り果てていたのだ。


1605 :チルドレン ◆cmuuOjbHnQ:2012/06/21(木) 06:31:00 ID:kgX5MNas0
「瞑想世界であなたは何を観たの?子供たちはどんな事を話していた?」
琉華の質問に首を僅かに振りながら寺尾は弱々しく答えた。
「思い出せない・・・・・・だけど、あの子供たちは僕たち大人に対して敵意を持っている。
そんな気がする。
恐ろしい。あの世界には戻りたくない!助けてくれ!」
寺尾は何度か『瞑想世界』と『現実世界』を行き来した後に昏睡状態に陥った。
その後、2週間ほど収容先の病院で生き続けたが遂に目を覚ます事無く息を引き取った。
極度に死を恐れていた寺尾の魂の行き先は誰にも判らない・・・・・・。
 
琉華と俺の話を聞き終わるとキムさんが言った。
「そうか・・・・・・
マサの奴が姿を消したのはその後だな?マサの行き先に心当たりはないのか?」
「ありません。『ヤスさん』にも問い質しましたが、マサさんの行方は判らないそうです」
キムさんの視線に琉華が答えた。
「私が知る訳ないでしょう?」
「だろうな・・・アイツは、アンタ達から逃げたかったのだろうからな」


1606 :チルドレン ◆cmuuOjbHnQ:2012/06/21(木) 06:31:59 ID:kgX5MNas0
暫しの沈黙の後、キムさんが琉華に尋ねた。
「どうにも判らない・・・アンタ達の言う『新しい子供達』って何なんだ?
俺達みたいな『大人』に敵意を持っているって、どういう訳なんだ?」
「私にも判らないわ。
でもね、精神構造・・・『魂の基本構造』が私たちと根本的に違うような気がする。
私たち旧世代の『能力者』の力が全く通用しないからね。
でも、判ってきた事もあるわ」
「彼らが前世の記憶を持って生まれてきている事、現実世界と深い階層の精神世界の境界がない事。
個人としての意思のほかに、彼ら全体として一つの意思を持っていること・・・・・・
彼らには、私たち大人の意思や思考の全てが、潜在意識の段階から全て見えていること。
・・・・・・彼らにとって、私たちの意思や行動をコントロールする事など、造作もない事かもね。
それと、人為的に彼らのような子供を作ろうとしている集団があること」
「厄介だな・・・・・・そんな連中が俺達『大人』に敵意を持っていると言うのか?
そもそも、なんで現れたんだ?」
俺は、思いつきで言ってみた。
「進化だとしたら、『新しい種』だとしたら、『古い種』である俺達を淘汰する為じゃないかな?
アウストラロピテクスやネアンデルタール、新人類の登場と共に旧人類は滅んできたわけだし・・・・・・
ホモサピエンスだって・・・・・・取って代わろうとする『新しい者』が、『古い者』に敵意を持つのは当然なんじゃないかな?」
キムさんは黙り込んでしまった。
天見琉華と弟子の女性が俺の顔を見ていた。
 
寺尾昌弘の葬儀に出席して別れた後、マサさんは突然に姿を消した。
木島氏や組織の人間が血眼になってマサさんの探索を続けたが、マサさんの行方は未だに判らない。
 

おわり




  


Posted by アマミちゃん(野崎りの)  at 18:59Comments(0)祟られ屋マサさんシリーズ(怖い話)

2012年12月23日

黒い御守り(祟られ屋シリーズ⑭)




1403 :黒い御守り ◆cmuuOjbHnQ:2011/12/23(金) 11:35:32 ID:MrlAqaA.0
俺は、金融業を営むオム氏から、大学生の娘さんのガードを依頼された。
最近、オム家の庭に猫の生首が放り込まれたり、家の壁に『ひとごろし』と落書きがされていると言う事だった。
商売柄、オム氏は人の恨みを買い易い。
以前、悪質なストーカー被害に遭った事の有る長女は怯え切っており、家から足を踏み出せない状態に陥っていた。
それだけなら、まあ、よくある話だし、俺にお鉢の廻ってくる話でもなかった。
オム夫人は、最初に猫の首が放り込まれる数ヶ月前から、毎晩のように悪夢に魘されていた。
見知らぬ男に娘が刃物でバラバラに切り刻まれる夢だったらしい。
なんとか娘を助けようとするのだが、夫人は全く身動きが取れず、成す術も無く愛娘がバラバラに解体されて行く様子を見せつけられるのだ。
『・・・・・・ただの夢だ』、そう思ってオム夫人は夫にも『夢』の話はしていなかった。
だが、ストレスからだろう、体重が7kgほど落ち、貧血で倒れたりするようになった。
悪夢は続き、そのまま新年を迎えた。


1404 :黒い御守り ◆cmuuOjbHnQ:2011/12/23(金) 11:37:56 ID:MrlAqaA.0
オム夫人は新年のバスツアーに参加して、初詣で訪れた関東のある寺で気になることを言われた。
参拝客を相手に赤い着物を着た占い師が占いをしていたらしい。
娘が占って欲しいと言い、オム氏が金を出して占いが始まった。
占いは15分ほどで終わり、3人はその場を立ち去ろうとした。
去り際に占い師が声を潜めて夫人にだけ聞こえるように言った。
「奥さん、長い間水子の供養をしていませんね。
山門の前でお守りを売っているから、売り子の中で一番若い男性からお守りを買いなさい。
買ったお守りは身に付けて、1年間、絶対に手放さないように」
オム夫人は、『水子』と言う言葉に一瞬ドキッとした。
まあ、中年の女性に『水子』という言葉を投げかければ、結構な確率で思い当たる人はいるだろう。
こういう場所だから、的屋や露天商同士で客の融通でもしているのだろう・・・・・・そんな風にあまり気にはしていなかったそうだ。
境内は物凄い人だかりで規制が行われていた。
観光バスの集合時間もあるので、護摩を郵送で頼み、本堂で賽銭を投げると、そのまま階段を下った。
本堂を出て階段を下りると後戻りできない。
山門の手前で夫人はオム氏に「お父さん、お守りを買って行こう」と言って、大きな人だかりの出来た露店に足を向けた。


1405 :黒い御守り ◆cmuuOjbHnQ:2011/12/23(金) 11:39:39 ID:MrlAqaA.0
露店には8人ほどの売り子がいた。
どの店員も中年以上で、半分は老人といって良い年代だった。
一番端の男だけ20代後半から30代半ばといった年恰好だった。
先ほどの占い師と同じくらいか・・・女占い師のオトコか何かか?
「お守りを頂けるかしら」
「持つ方の干支は?判らなければ何年生まれかでも結構です」
男がゾッとするような、射すくめるような鋭い視線を向けた。
『何なの、この人?』
3人分の干支を伝えると、男は黒い札を3枚選び出し、目の前に置かれた守り袋の中に入れた。
色とりどりの袋があり、他の客は好きな物を選んでいたが、男はどれにするかも聞かず赤い袋を選んだ。
お守りを入れた包装用?の紙袋には、中身の干支がペンでそれぞれに書き込まれていた。
オム夫人は完全に気分を害していた。
『ふざけた店員ね、頭にくるわ!』
娘と夫が買ったものと一緒に会計を済ませると、3人は山門を出た。
仲見世で土産の葛餅を買うと、駐車場に向った。
次の目的地の中華街へ向うバスの中で、先ほど買った御守りを検めると、一つ余分なものが入っていた。
袋には、同じペンの似た筆跡で『昭和XX年・Y年』と書いてある。
他の客の物が混ざったのだろうか?
払った代金には過不足は無かったので『後で処分すれば良いわ』と、余分な御守りの事は忘れる事にした。


1406 :黒い御守り ◆cmuuOjbHnQ:2011/12/23(金) 11:41:06 ID:MrlAqaA.0
ツアーが終わり、オム一家は逗留していた親戚宅を後にした。
地元に戻って暫くは平穏な日々が続いた。
お参りの効果があったのか、あれほど悩まされた悪夢もピタリと見なくなった。
やれやれと思って部屋を掃除していると、初詣の時、『間違って入っていた』御守りが出てきた。
紙袋の中を見ると『悪趣味な』黒い御守り袋が出てきた。
御守りを見ると、あの『頭にくる店員』のことが思い出された。
『他人のお守りを持っていても仕方がないわ』そう思って、オム夫人は黒い御守り袋をゴミと一緒に捨てた。
やがて2月に入った。
節分が過ぎた週だった。
オム夫人は再び『悪夢』に襲われ始めた。
以前より鮮明な悪夢だった。
娘を助けようとするのだが、何かに足を固定されていて動けない。
そして、風呂に入っていて気付いた。
足に覚えのない痣が出来ている。
痣は日に日に濃くなって行った。
不安になったオム夫人は、痣と夢の事をオム氏に話した。
オム氏は「痣はどこかにぶつけたんだろ?後になって青くなる事もあるし・・・お互い若くはないからな。
夢は夢だよ、気にするな。気にするから何度も同じ夢を見るんだよ」そう言って、あまり真剣には取り合わなかった。
だが、猫の生首が庭に放り込まれるとオム氏の態度は一変した。


1407 :黒い御守り ◆cmuuOjbHnQ:2011/12/23(金) 11:42:29 ID:MrlAqaA.0
自営業者には、『縁起を担ぐ』者が多く、人の恨みを買っている自覚からか、祟りや呪いと言った話に敏感な人がかなりいる。
キムさんは、そう言った自営業者の中では知られた存在だ。
オム氏は人を介して、キムさんに面会した。
キムさんは「どんなに都合の悪い話でも、思い当たる事は全て、包み隠さずに話して欲しい」とオム夫妻に言った。
オム夫人は占いや御守りの話も含めて、全てを話した。
オム夫人は、若い頃、堕胎の経験があった。
オム氏と出会う以前の話で、オム氏の知らなかった事実だった。
「捨てた『黒い御守り』がポイントだったな・・・・・・その占い師と店員、只者ではないだろう。
まずはその二人に当たってみよう」
キムさんは問題の寺を訪れた。
寺は閑散としていて、予想はしていたが問題の占い師も店員も・・・・・・御守りを売っていたという露店さえも無かった。
キムさんは、受付の人に聞いてみた。
当然、判らないという返事が返ってきた。
ただ、正月の露天商の仕切りは、檀家総代もしている人物がやっているらしい。
娘婿が寺の職員をしているから呼んでみようと言ってくれたそうだ。


1408 :黒い御守り ◆cmuuOjbHnQ:2011/12/23(金) 11:43:55 ID:MrlAqaA.0
キムさんは総代という人物に会って、問題の店員の事を聞いてみた。
個人のプライバシーに関わる事なので教える事は出来ない・・・・・・と言う答えだった。
売り子の店員は、近所の老人と地方からの出稼ぎの人達で、年末から2月半ばまで働いているということだった。
問題の『若い店員』の名前などは教えて貰えなかったが、3月の震災で津波に襲われた地域から来ている人らしい。
安否の確認は取れていないという事だった。
占い師の女性は『管轄外』という事だったが、占いの元締めに金を払って店を開いているか、元締めの元で修行中の占い師の卵だろうという事だった。
占い師の元締めに、それらしき女占い師を尋ねたが、やはり、連絡先や消息は判らないという事だった。
そうなると、猫の生首を放り込んでいる人物を直接捕まえるしかない。
もちろん、その人物が呪詛を仕掛けているとは限らないが、思い当たる要素を潰して行くしかなかった。
キムさんはオム夫人を水子供養で実績の有る霊能者に紹介した。
その霊能者は、気になる事を言った。
オム夫人に水子の霊は憑いていない。が、強烈な恨みの念が纏わり憑いてる。
物凄く強い念らしいが、肝心の念の主が見えない。
ただ、悪霊の類ではなく、生きた人間のものである事は間違いないだろう、という事だった。


1409 :黒い御守り ◆cmuuOjbHnQ:2011/12/23(金) 11:45:44 ID:MrlAqaA.0
俺は、キムさんの命を請け、オム氏との間で、娘さんを24時間体制でガードする契約を結んだ。
猫の生首を放り込んでいた犯人は予想よりも早く捕まった。
驚いた事に、犯人は男子小学生だった。
小学生がそんな残虐な真似をした事実に驚きはしたが、正直、拍子抜けした。
『ひとごろし』の落書きの犯人も彼だった。
また振り出しか・・・・・・。
とりあえず、保護者に連絡して、今後このような事をさせないように注意させる必要があった。
俺達は、オム氏宅に少年の両親を呼び出した。
少年の両親は菓子折りを持って姿を現した。
だが、少年の父親とオム夫人の目が合った瞬間、二人は凍りついた。
俺は『・・・何だ?』と怪訝におもった。
どうやら、二人には面識が有るらしい。
とりあえず、少年の両親は、我が子の待つ居間へと通された。
オム氏が両親に息子が行った事を話して聞かせた。
オム氏の長女は俺の腕を掴みながら、恐怖の視線を少年に送っていた。
恐縮する少年の母親。
そして、激昂した父親が少年を張り飛ばした「何て真似をしてくれたんだ!」


1410 :黒い御守り ◆cmuuOjbHnQ:2011/12/23(金) 11:47:34 ID:MrlAqaA.0
「子供相手に、止しなさい!」オム氏が慌てて少年に駆け寄った。
オム夫人が青褪めた顔で少年に問いかけた。
「ボクは、なぜ、あんなことをしたの?」
ニヤリと嫌な笑みを見せながら少年は答えた。
「おばさんが・・・ううん『おかあさん』が人殺しだからだよ」
オム氏も少年の母親も狐につままれたような顔をしていた。
オム氏の娘は、得体の知れないものを見る目で少年を凝視している。
オム夫人と少年の父親の顔は青褪めていた。
「僕はバラバラに切り刻まれて殺されたんだ。おかあさんにね。
怖くて、痛くて、寒くて・・・・・・バラバラにされた僕はゴミバケツに捨てられたんだ。
他の僕みたいな子達と一緒にね。そこのお姉さん、いや『妹』は可愛がって凄く大事にしているのにね」
オム氏が「どういう事だ」と語気を荒げた。
キムさんがオム夫人に言った。
「辛いかもしれないが、全てを話した方がいい。でなければ、何も解決しない」


1411 :黒い御守り ◆cmuuOjbHnQ:2011/12/23(金) 11:49:05 ID:MrlAqaA.0
オム夫人は話し始めた。
少年の父親は、オム夫人が中学生の頃、家庭教師に来ていた大学生だったらしい。
高校受験が終わり卒業式後、入学式前の春休みの事だった。
オム夫人は少年の父親に誘われて、彼の部屋を訪れた。
そこで、大学生だった彼は15歳のオム夫人に襲い掛かった。
信頼していた相手に犯されて、茫然自失の彼女の裸身を彼はポラロイドカメラで撮影した。
写真をネタに彼は何度も彼女を呼び出し、その身体を玩具にした。
やがて、彼女は妊娠した。
誰にも相談できず隠していたが、母親に露見した。
堕胎できるギリギリの日数だったらしい。
オム夫人の父親は激怒した。
だが、教師をしていた大学生の彼の父親は、組合の幹部で某政党に顔も効いた。
半ば、娘を人質に取る形で脅しを掛けてきた。
最低な連中だが、そんな過去を持つ男が今、教師として教壇に立っていると聞いて、俺は反吐の出る思いがした。
彼の親が幾許かの慰謝料を払い、二度と彼を彼女に近付けない事、写真を全て破棄する事が取り決められた。
代わりに、彼女の方は、今後一切の民事・刑事の法的措置を採らない事、事件を口外しない事を約束させられた。


1412 :黒い御守り ◆cmuuOjbHnQ:2011/12/23(金) 11:50:41 ID:MrlAqaA.0
オム氏は妻の肩を抱きながら、怒りに充ちた視線を少年の父親に向けた。
少年の母親は、何か汚い物を見るような冷たい視線を夫に向けていた。
少年は、子供のものとは思えない冷たい視線を送りながら言った。
「お父さんはね、僕を殺した頃の『おかあさん』と同じくらいのお姉さんたちに、
お金を渡していやらしい事をしているんだ。今でもね」
父親に比べるとかなり若く見える、少年の母親の表情は凍り付いた。
思い当たる事があるのだろう。
あくまでも勘だが、彼女自身、この男の被害者だったのかもしれない。
少年は冷たい声で言った。
「『おかあさん』はね、もう長くは生きられない。
切り刻まれて死ぬんだ、僕がされたみたいにね」
オム氏の娘が少年に土下座して絶叫した。
「お願い、お母さんを助けてあげて」
「無理だよ」
「お前の『力』なんだろ?」オム氏が歪んだ表情で言った。
「『僕たちの力』だ。もう、手遅れだよ」
・・・・・・例の『黒い御守り』か・・・袋に書かれていた昭和XX年という年号は恐らく、オム夫人が堕胎した年なのだろう。


1413 :黒い御守り ◆cmuuOjbHnQ:2011/12/23(金) 11:53:15 ID:MrlAqaA.0
俺は、少年に声を掛けた。
「『お前達』は、生まれる前の記憶を持っているのか?」
「まあね」
「お前も、他の子供達と『繋がっている』のか?」
「さあ、どうだろうね?でも、オジサンには判ってるんでしょ?
オジサン、僕を『怖いおばさん』の所に連れて行こうと思っているでしょ?
でもね、無理だよ。
オジサン達、古い大人たちには、僕らのことは判らない。
僕らには全て見えているけどね。
見えているから、見えない振りも、わからない振りも出来るんだ」
キムさんが「何のことだ?お前達は何を言っている?」と語気を荒げた。
次の瞬間だった。
キムさんの声を合図にしたかのように、少年は突然、火が付いたように泣き出した。
周りの大人は、成す術も無く、おろおろとするだけだった。
小一時間も泣き続け、やがて少年は泣き止んだ。
泣き止んだ少年は、憑物が落ちたように普通の子供に戻っていた。
そして、俺達に話したこと、猫を刻んだ事も全て無かった事のように、綺麗さっぱりと忘れ去っていた。
後日、少年の言っていた『怖いおばさん』・・・女霊能者・天見 琉華の許に少年を連れて行ったが、
予想通り、彼女の霊視を以ってしても何も得る事は出来なかった。
 
 
おわり




  


Posted by アマミちゃん(野崎りの)  at 18:58Comments(0)祟られ屋マサさんシリーズ(怖い話)

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アマミちゃん(野崎りの)
アマミちゃん(野崎りの)
小さい頃の夢はマザーテレサとジャンヌダルクでした。
あれから20数年、今では立派なメタボとなりました。